既存の道を壊しながら、新しい道筋を示す。POLA唯一の女性取締役が語るリーダー論とは:及川 美紀氏 CLUB FUMIKODAイベントレポート

膨大な肌解析データと高い技術によって生み出される製品が、国内外で支持を集める「POLA」。この日本を代表する老舗化粧品メーカーでただひとり、女性の取締役として活躍するのが及川美紀さんです。

数々のヒット商品を世に送り出し、ブランドイメージの向上に尽力した及川さんですが、女性が老舗企業のリーダーとして認められるまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。その中で、及川さんはどのようにしてキャリアを重ねていったのでしょうか。

今回のCLUB FUMIKODAでは、及川さんのこれまでの仕事人生における岐路や、仕事に取り組むうえで大切にしているキーワード、そして女性がキャリアアップする上で大切にしたいことなどをお話しいただきました。

本社勤務から、突然の子会社出向。
仕事の厳しさを知った原体験

及川さんを講師にお招きした日は、POLA創業90周年を迎えたまさにその日。1991年に入社した及川さんは、POLAの歴史のうち、約3分の1もの長い歳月を会社の発展と自身の成長のために費やしてきたことになります。現在はエステや百貨店、ホテルアメニティなどの国内事業と、アジアを中心とした海外事業を広く統括しています。



及川さんのお話は、まずPOLAという企業の紹介と自身の略歴から語られました。

生まれ育った宮城県石巻市から上京し、東京女子大学で学んだ及川さん。就職活動をしたのはちょうどバブル期。いくつもの企業から内定をもらうなか、POLAで働くことを決めたのは「女性でも長く働ける会社だと思ったから」だそうです。

「奨学金を受けて大学に進学しましたが、将来の結婚相手に頼らずに、自分で返済したかったんです。女性が長く働くなら、教師か、女性向けの製品を扱うメーカーがいいかなと思っていました。その中でもPOLAは当時から30代40代の女性が多く、女性が働きやすい環境なのだろうなと想像していました」(及川さん)

しかし、入社してまもなく、及川さんは本社から埼玉エリアの事業所に出向することになります。当時、若手では管理職以外の出向はめずらしく、ましてや女性が出向するなんて異例中の異例。

「24歳で結婚を決めた相手が、同じチームで席も隣だったんです。上司に婚約を報告すると、返ってきた言葉は『困ったな』でした。社内結婚をするとふたりが同じ部署にいられないことは知っていましたが、上司は私ではなく、主人を選んだんです。まさか結婚相手がライバルになるなんて(笑)。本社から出向する女性社員の第一号。上司に評価されることの厳しさを知った、私の原体験でしたね」(及川さん)

しかし、このことがのちに及川さんをリーダーへと押し上げるきっかけとなるのです。

評価されない。昇進できない理由を
人のせいにした「幸せな誤解」

埼玉の事業所での日々は「私の性に合っていた」と語る及川さんですが、やがて他の社員との関係や自身のキャリアがうまくいかなくなってしまいます。

「十数年も同じ事業所にいて、私はすっかり“お山の大将”になってしまったんですね。この事業所のことは私が一番わかっていて、私がいないとダメになるという勘違いをしたり、子育てと仕事を両立させていることを人に恩着せたり。それなのに、昇進試験では落ちてしまう。私が一番数字を出しているのにわかってもらえないと鼻息を荒くして、手に負えなくなっていることに自分では気づけなかった。今となっては”幸せな誤解“と振り返っていますけど……」(及川さん)

そんなとき、見兼ねて声をかけてくれたのが、セールレディーと呼ばれる及川さんのビジネスパートナーでした。

「『もう見ていられない。どうしちゃったの? このまま泥沼にハマって落ちていくの?』。そう叱られて、目が覚めたんです。お山の大将になり、こんなにがんばっているのに評価されないとグレていたわけですが、ずっと私を見ていてくれてちゃんと叱ってくれる人がいるんだと我に返りました。そして私が目指すのは昇進することではない。私にとって本当にやりたいことって何だろう……。そう考えるようになったんです」(及川さん)

及川さんが新たな「志(こころざし)」として掲げたのは、「この事業所を全国一の組織にしたい」ということでした。

「今の時代なら『ビジョン』と言ったほうがかっこいいですが、私の場合は昭和っぽい『志』のほうがハマるんです(笑)。『~すべき、~ねばならない』という思いより『~したい』という気持ちを大切にすると『志』につながりやすいと思いますよ。私はいつも小さな『~したい』を探しています」(及川さん)

当時、及川さんが出向していた事業所の業績は、埼玉に32ある事業所のなかで30番目。それが「1位になりたい」という志には惜しくも届きませんでしたが、全国2位の事業所として高く評価されることに。及川さん自身も、昨年は失敗していた昇進試験にも合格し、課長をスキップして部長職に就いていました。

小さなことでも構わない。
~したいという「志」を持ち、
実現の方法を考える

及川さんのキャリアを重ねるうえで切っても切れないキーワードが「志」。そしてもうひとつ、及川さんが大切にしている言葉で、今やPOLAの社内用語にもなっているのが「KTマインド」。

「あるとき、上司に『POLAが発展していくために、社員に必要なものは何か』を問われ、天から降りてきました(笑)。K=壊して、T=作る。これも『スクラップ&ビルド』とか言えばかっこいいんですけどね」(及川さん)

及川さんのご講演スライドより

創業90周年のPOLAの礎(いしずえ)は、ポーラレディ(現在はビューティーディレクター)と呼ばれる女性たちがいなければ築き上げられることはなかったと言っても過言ではありません。今でこそ百貨店やエステサロンで手にとることができるPOLA社製品ですが、以前はポーラレディによる訪問販売でしかふれることはできませんでした。

「そのため、POLAに対して『押し売り、しつこい』といったネガティブな印象を抱く方がいらしたことも事実です。あるとき、『POLAに勤めていることを親戚には言っていない』と話す男性社員がいて、その理由を聞いたところ『地方に住む親戚は、POLAにいいイメージを持っていないから』と言うんです。さすがにショックでしたね」(及川さん)

ブランドの好意度は20%台と低いのに対し、顧客継続率は70%レベルを誇ることを考えれば、一度でも商品の良さやポーラレディの人柄にふれてもらえれば、POLAの良さをわかって長く愛用してもらえるのに。「ネガティブなイメージを壊したい」と考えた及川さんが思いついたのが「KTマインド」だそうです。

「社員とお客様と市場にアンケートをとって、どれだけ嫌われているかを社員にプレゼンしました。泣いている社員もいましたし、薄々気づいていたという社員も。最大の抵抗勢力は経営層で、説得するのにずいぶんかかりました。それでも事実をつかまないと、私たちに未来はないと思っていましたから、あきらめるなんて気持ちはなかったですね。社員たちもよく辞めずにがんばってくれたと感謝しています」(及川さん)

「企業のイメージを上げたい。いい製品を届け、お客様に愛されたい――」と、ここでも「志」を高く掲げ、社員一丸となって取り組んだ結果、今ではターゲット顧客好意度は40%を超え、POLA社製品は「いつかは使ってみたい」という憧れのブランドの上位に名を連ねています。

「志」実現のためなら、
当たって砕けて、また当たる。
及川流リーダー論

及川さんが座右の銘に掲げているのは、「当たって砕けて、また当たる」。

「何も、ボクシングみたいに“ストレート”とか“右アッパー”で大きなダメージを受けるわけではないんです。ジャブジャブと小さく当たって小さく砕けて、修正をしていくという私の仕事のやり方、生き方ですね。昭和のど根性論って感じで、決してスマートではないんですけどね(笑)」(及川さん)

リーダーとして、まず「志」を掲げ、それを実現するために途中で道を壊したりしながらも、道筋を作ることが「自分の役割」だと及川さん。この日聴講に来ていた参加者の皆さんは、起業している女性や企業でリーダーとして活躍している女性が多く、ユーモアを交えて語られるリーダー論に、うなずいたり涙したりしながら熱心に耳を傾けていました。

仕事においても人生においても、「~したい」と志を高く掲げて、停滞していることや改善の余地があることを壊して、新しい未来を仲間とともに作っていきたい――。そんな前向きな気持ちにさせてもらえる及川さんのお話でした。

☆☆☆

シャンパーニュ「Duval-Leroy」と「リストランテ カシーナ・カナミッラ」のお料理

及川美紀さんとご参加いただいた皆様、そして「カシーナ・カナミッラ」のオーナーシェフ岡野氏と記念撮影。
この日はFUMIKODAをご愛用いただいている、女優のとよた真帆さんにもご参加いただきました。

及川 美紀(おいかわ みき)

1969年、宮城県石巻市生まれ。東京女子大学文理学部英米文学科を卒業後、株式会社ポーラ化粧品本舗(現 株式会社POLA)に入社。まもなく販売会社に出向し、埼玉エリアマネージャー、商品企画部長を歴任後、2012年に執行役員となり、2014年に女性社員では唯一の取締役に就任。国内事業と海外事業を幅広く統括している。また、25歳のときに社内結婚し、28歳で出産。以来、約23年にわたってワーキングマザーとして活躍し、雑誌などのメディアで多く紹介されている。

POLA公式サイト