2030年に向けたライフスタンスを考える:日本ノハム協会 神田尚子氏 ✕ 幸田フミ CAFERING SALONレポート

皆様は「ライフスタンス」という言葉を耳にされたことはありますか?
誰かの生活様式をお手本にして生活する「ライフスタイル」とは異なり、自分が共感できるモノを自らの視点で選び、日常に取り入れるのが「ライフスタンス」です。

世界規模で地球環境の改善が求められる今、私達消費者のひとりひとりがライフスタンスをもって買うことや使うものを選択することはとても重要です。

持続可能な社会を実現することを目標に定めた2030年に向けて、私達の「生き方」とも言えるライフスタンスはどうあるべきなのか?そんなことを考えるきっかけになればと、銀座のジュエリーショップ「カフェリング」オーナー、青木千秋さんとCAFERING SALONを開催しました。

ゲストスピーカーはSDGs推進活動にいち早く取り組んでいらっしゃる一般社団法人日本ノハム協会の神田尚子さん。SDGsの現状についてお話をうかがいました。聞き手はFUMIKODAのクリエイティブディレクター幸田フミです。

SDGsの本質=社会や環境を良くすることが組織の成長につながる

神田尚子(以下、神田):一般社団法人日本ノハム協会代表の神田尚子です。来年で創業50年を迎える結婚式事業を京都で営んでおり、2012年に先代から事業承継し、2代目社長を務めております。ご存知のとおり、結婚式はこのコロナ禍で一番打撃を受けた業界とも言われています。

先代の創業者が癌でなくなった際に「骨はニューヨークの海に散骨してほしい」と言い残していたため、2016年に遺骨をもってニューヨークに向かいました。その頃ちょうど現地では2015年9月に国連で193ヵ国が採択した「SDGs」の話題がかなり盛り上がっていました。それまでは経営者として経済成長ばかりを意識していましたが、ふと立ち止まる機会となり、「まずは自分たちの会社がSDGsに取り組もう」という考えに至りました。

例えば、弊社は本社と結婚式場3ヶ所の合計4つのビルを所有しておりますが、それを全て再生エネルギーに変えてみました。そうすると若い従業員から強く支持され、会社とのエンゲージメントが高まりました。

ここ数年はコロナ禍で会社も大変な状況ではありましたが、SDGsに取り組むことによって社員の間から新しい製品やサービスの提案があり、この2年間で新規事業が20%も増えました。
世の中や環境を良くすることが、社員のエンゲージメントを高め、ひいては会社の成長にもつながるということを伝えるために、全国を回っております。

本業の結婚式事業が低迷し、時間がとれる間に少しでも出来ることはないかと、2020年2月に非営利団体の日本ノハム協会を設立しました。現在はFUMIKODAを含む200社ほどにSDGsの導入を支援しており、TCFD(気候変動に対応した経営戦略の開示)などのお手伝いをしております。

ものづくりから見えてきた、ファッションと環境とのつながり

幸田フミ(以下、幸田):FUMIKODAも日本ノハム協会の協力の下、CO2排出量の数値化などSDGsへの取り組みを可視化できるように努めています。

FUMIKODAはバッグをとおして働く女性のウェルビーイングを実現するために誕生したブランドです。私はクリエイティブディレクターとして女性がビジネスシーンで活躍するために使いやすいビジネスバッグをできるだけ環境に配慮しながら作っておりますが、実は最初からSDGsに関心が高かったわけではありませんでした。

それまで多くのバッグを使ってきましたが、ものづくりに関する知識はまったくというほど持ち合わせていなかったので、バッグの素材となる革はどこからやってきているのか、どのように製造されているのかを調べました。
そして、血を洗い流したり鞣(なめ)したりする工程で大量に使われる水や、化学薬品による河川の汚染のことなど、バッグを作るために沢山の負荷がかかっていることを知ったのです。

持っていて本当に気持ちいいものというのは、機能性やデザイン性を備えていることはもちろんのこと、地球環境や人権、共に生息する動物たちのこともきちんと考えて作られたものではないか。どちらかというとエモーショナルなところからSDGsへの興味が高まり、2016年にFUMIKODAを立ち上げました。

当時の日本はまだ「エシカル」や「サステナビリティ」という考え方が普及しておらず、私達のものづくりへのコンセプトを理解していただくことに難しさを感じていました。けれどもこのコロナ禍で消費者の皆様の間でSDGsへの関心が高まり、FUMIKODAに共感してくださる方も徐々に増えてきたように感じています。

2020年に神田さんとお会いしたことをきっかけに、環境問題と真剣に向き合いながらものづくりを続けていくには感覚だけではなく、数値などで状況を可視化していく必要があると感じました。日本ノハム協会にご指導いただきながらCO2排出量などを数値化し、さらに環境に負荷がかからないものづくりを目指しています。

SDGsの目標を達成するために、2030年に向けて企業は何に注力していくべきなのか。
国や組織は目の前の課題に取り組み始めていますが、私たち個人のレベルで、地球環境や人権を守り、私達が将来本当に豊かな生活を送るために消費者として何を選ぶのか、何をアウトプットしていくべきなのかを意識していくのもとても大事なことです。

SDGsを私達一人ひとりがもっと身近に感じ、より豊かな社会を実現していくために「ライフスタンス」をキーワードに話していきたいと思います。

「三方よし」から「四方よし」へ。
デジタルネイティブ世代が変える企業の未来

幸田 「ライフスタンス」とは、何かお手本となる生活様式を真似ることで成り立ってゆく「ライフスタイル」とは違って、その人の「生き方」という言葉が意味合いとして近いですよね。

今日お集まりいただいた皆様が、ライフスタンスを考える上でヒントになるようなお話を神田さんに伺えればと思います。

神田さんは、SDGsと真剣に向き合わなければ企業は永続できないと、主に中小企業を支援することを目的に日本ノハム協会を立ち上げられましたが、本業との両立や葛藤などご苦労されたことなどありましたらお聞かせください。

神田 ウェディング事業の会社は、人を幸せにしたい、人の笑顔が見たいという方々が集まっている場所です。それはそれで社会に貢献できるのですが、昨対を越えるといった売上至上主義や、お客様に喜んでいただくという使命だけではなく、何かもっと社会の役に立つことができるのではないかという思いがありました。

たまたま環境国連大使のパネルディスカッションを聴いた時に、SDGsとESGの違いを知りました。どちらも「環境」や「社会」などのキーワードが含まれていますが、SDGs「全員が一丸となって手掛けていく」というところで、ひとりひとりが行動消費や生き方を変えていかなければ世の中は良くならないというメッセージが盛り込まれています。それに強く共感したので、国連大使に直談判して日本ノハム協会を立ち上げることになりました。

「ノハム」とは「no harm(無害)」という意味で、健康害や動物への虐待など、有害とされているものを少しでもなくすために何をしたらいいのかを啓蒙できる団体にしたい。という想いを込めています。

近江商人の「三方よし」という考え方は耳にされたことがあるかと思います。そこに「環境」をプラスして、「四方よし」にしていきたいと思っています。
私達が経済成長のために地球環境をないがしろにしてきたことを省みて、自分たちの事業をとおして環境を改善させる時がきたのではないでしょうか。

幸田 なるほど、「三方よし」ではなく「四方よし」なのですね。新しい言葉ですね。

神田 長年経済をけん引してきた団塊の世代、270万人の方々が徐々にモノを買う意欲がなくなりつつあります。一方、ソーシャルネイティブやZ世代と呼ばれている、生まれた時からスマートフォンが存在していた世代が社会で活躍しつつあります。2025年にそのZ世代が過半数を越えます。そして彼らは団塊の世代とは価値観が全く違っています。

また、2020年からは小学生が学校でSDGsについて学び始めました。いまノハム協会の会員も、子どもたちから「お父さん、お母さんの会社SDGsは何をしてるの?」と尋ねられるそうです。「知らないとまずいので、SDGsのことを教えてください」と相談に来られる経営者の方も増えてきています。

この子どもたちがあと10年もすると社会で活躍し始めます。そうすると、SDGsへの理解がない会社で仕事をすることに抵抗を感じ、採用が難しくなるのでそういった企業は衰退するしかありません。今後はそういった時代を迎えるのではないでしょうか。

SDGsを体現するレストラン「ヌー. トウキョウ」

幸田 神田さんは経営されているレストランで、ミシュラングリーンスターを獲得されましたよね。

神田 はい、2022年にフレンチレストラン「ヌー. トウキョウ」を永田町で開業しました。そこでは食材にこだわっていて、今後枯渇する食材を使わないようにしています。たとえば豚肉はストールフリーの放牧豚を使ったり、獣害で駆除されたジビエ肉を使ったメニューを考えたりしています。

ヌー. トウキョウ公式サイトより

もちろん、ベジタリアンやヴィーガンにも対応できます。食べることによって自分が喜びを感じるだけではなく、まわりの環境も良くなればいい。というメッセージ性のあるレストランです。FUMIKODAの商品も同じ価値観ですよね。

幸田 そうですね。FUMIKODAもできるだけ長くバッグをお使いいただけるように工夫したり、あまった生地をアップサイクルするなど環境に配慮した製品を提供しています。

私も何度か「ヌー. トウキョウ」におじゃましました。地産地消にこだわっていらっしゃるので、フードロス削減のためにその日によって食材が変わるのですが、すべてのお料理から創意工夫が見てとれます。カウンターやインテリアには廃材などが使用されていながら、とても洗練された空間になっていて、SDGsに取り組みながらかっこいいお店を作りたいと考えているレストランオーナーのお手本になるような素敵なお店ですよね。

神田 お店の壁は、スケルトンで仕上げているのですよ。壁紙を貼るとリニューアル時にゴミになってしまうので。壁は土を重ねていく「版築」という工法をとっています。この土は京都から運んできたのですが、もし私たちが将来レストランを閉めることになってもこの素材はもう一回土に還ることができます。

フードロスもゼロです。例えば、にんじんのひげなども捨てずに全部食材として使うため、全て無農薬です。農薬に対する意識もSDGsの目標12番「つくる責任つかう責任」ともつながっていますね。

幸田 素晴らしいですね。すべてのレストランが同じように取り組むのは難しいかもしれませんが、重要なのはさきほどの「四方よし」の考え方ですね。経済成長とSDGsを両立させていくことだと思います。このあたりは創意工夫が必要になりますが、日本の企業は一体どのような状況なのでしょう?

地球温暖化へのリアルな影響 

神田 頑張っている中小企業も沢山あります。たとえば、商品を梱包するための「包材」はプラごみの37%を占めているのですが、大川印刷という会社は環境に負荷がかかるものではなく、その代替品として石灰岩を薄く加工して紙にした製品を提案しています。石灰岩は余りある資源なので、そういった原料を使ってうまく商品化しています。

社会問題に向き合う企業として共感を集めていて、SDGsに対する意識が高い取引先が増えていることはもちろん、このところ優秀なインターン生が集まり始めています。以前は就職先を選ぶ時のポイントは企業規模や福利厚生、給料や休日などでしたが、今は社会のためにどのように役立とうとしている会社なのかというところが学生たちが企業を選ぶ際プライオリティの上位にあるのではないでしょうか。

幸田 それもこれからの世代のライフスタンスの現れですね。当社もヴィーガンにこだわっているだけでなく、事業をとおしていくつかSDGsに取り組んでいます。

例えば「リユースプロジェクト」です。使われなくなったバッグをお客様からお譲りいただいて、それを一度メンテナンスしてから就活中の女子学生に寄付しております。メイドインジャパンにこだわり、職人がひとつずつ丁寧に作ったバッグがうっかり捨てられてしまうのはもったいない。職人にも申し訳ないという想いもあり、ものを長く大切に使ってもらうためにこのプロジェクトを立ち上げました。

またバッグを作った後にどうしても端切れが残ってしまうのですが、ごみを出さないため「アップサイクル」に積極的に取り組んでいます。
小さな端切れにスナップを留めただけの、コインケースやコードバンドなどを作るようになりました。作りも簡単なので、バッグ職人でなくても製作できます。できるだけたくさんの方の雇用が増えるといいなと考え、障がい者支援施設に製作をお願いしています。工賃的には、一般の工場にお願いするのと同等の金額をお支払いして、できるだけ障がい者の方に作っていただくことを始めました。

知的障がいの方は生涯賃金が低く、平均月収が16,000円くらいだそうです。これでは自立もできません。FUMIKODAが製作を発注できる量はたかが知れていますが、そういったトレーニングを受けた方は他社からのお仕事も受注できるはずで、そういった企業が増えてくるといいなという思いで取り組みをはじめました。

FUMIKODAも小さな会社なので、全てを負担するということは難しい。けれども仕組みをちょっと工夫することでSDGsへの取り組みを実現できるのではないかと考えています。

小さな企業もSDGsに取り組み始めていますが、やはり国が動かなければ大きな目標を実現するのは難しいかと思うのですが、日本はどのような状況なのでしょうか?

神田 
日本はSDGsの指標では世界第19位とあまり良い成績ではありません。
国で見るとヨーロッパは先行していて、かなりサスティナブルな社会に変わってきています。

たとえば、フランスではCO2排出量を削減するため、国の決定で電車で2時間半以内で移動できる範囲は飛行機が飛べなくなってしまいました。
アメリカでは「車の中に運転している人ひとりしか乗っていない場合は、端の1レーンを通ってください」といわれます。そのレーンは大変渋滞してしまうのですが、二人、三人で一緒に乗ると複数のレーンを使えるので快適に運転できます。それによって乗り合いの意識が高まっています。そうなるとライフスタンスも変わってきますよね。

「プラネタリーファウンダリー」という、50年を一区切りとする指標があります。世界中の環境博士たちが、これからどの分野で地球環境が耐えられなくなるかという分析の指標を出しています。切羽詰まっている状況の中「1.5度運動」という活動が世界中で繰り広げられています。昨年グラスゴーで「COP26」が開催されましたが、1997年に京都議定書が締結された「COP3」が開催されました。気温の上昇が1.5度を越えたら地球上に人が住めなくなると言われているので、ここで各国が目標となる取り決めを定めましたが地球温暖化は加速し続けています。

日本は人口減ですが、いま世界中で人口がますます増えており、2030年には世界の人口が89億人に、2050年には100億人を越えるのではと予想されています。
第二次世界大戦後、世界の人口は25億人だったのがいまは3倍近くになっています。穀物の消費量は3倍どころか5倍に膨れ上がりました。
私達の消費行動、ライフスタンスを変えていかなければ、本当に私達は地球上に住めなくなるのです。

2025年に大阪で万博が開催されることになりました。世界中の人が日本を訪れたときに、私達のSDGsへの取り組みが改めて評価されると思います。実は日本はCOPで「化石賞」を受賞するなど、まだまだ遅れを取っている国なのです。

その理由のひとつとして、SDGsの「IPCC」というレポートが全て英語で配信されていることもあるのではないかと思います。日本国内に行き届くのにどうしても時差が発生してしまって、なかなかニュースとして取り上げられない。そういった情報をノハム協会がいち早くキャッチして皆様に開示することで、日本のSDGsランキングの上昇につながればと思っています。

幸田 地球人のひとりとして自分の消費行動を見直すにも、まずは現状を知ることは大切ですよね。是非ともわかりやすい情報を発信していただきたいと思います。
今日のお話が皆様のライフスタンスを考えるきっかけになりますように。貴重はお話をお聞かせいただきましてありがとうございました。

カフェリングのオーナー、青木千秋さんが司会進行してくださいました

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創業者の方の散骨で訪れたニューヨークで、SDGsの活動に出合い、日本ノハム協会を立ち上げられた神田尚子さん。コロナで結婚式ができなくなったことを逆手に、どこまでも前向きにSDGsに取り組まれています。
まずご自身の会社から手掛けたことで、若い従業員の方々の働くエンゲージメントも高まったというお話しは大きな気づきとなったことと思います。Z世代と呼ばれる若い世代は環境意識が高いので、企業を選ぶ指針にSDGsに対する取り組み姿勢が重要になっています。

SDGsに関する情報発信にとどまらず、レストランの立ち上げや企業へのコンサルティングなど日々活動を続けられている神田さんの姿に、私たちも勇気と元気をいただきました。自分たちのライフスタンスを改めて見直してみる素晴らしい機会をいただくことができました。

CAFERING(カフェリング)
クリエイティブ・ディレクターの青木千秋氏がディレクションを手がけるプラチナジュエリー専門店「CAFERING」。銀座本店と全国正規取扱80店舗を展開する。ブランドコンセプトは “She is a Jewellery"「身に着ける人を内面から輝かせるジュエリー」。大人花嫁に選ばれる上質&エレガントなデザインと「極上のつけごこち」を追求している。

一般社団法人 日本ノハム協会
一般社団法人 日本ノハム協会は SDGs経営支援プラン(noharm®︎)を通じて、SDGs経営の実践をサポートするとともに、昨今課題となっている「SDGsウォッシュ」から企業を守ることで、未来に持続可能な「経済・環境・社会」の発展を目指している。2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)における<17のゴール>を目指す地球規模のミッション達成へ向けて、SDGsの取り組みを実施されている組織とのパートナーシップを築き、同時に多くの中小企業や個人がSDGsを知るきっかけとなる普及活動を行なっている。