5本に1本は偽物? ワインオークション詐欺事件の“真犯人”は誰なのか?(見分け方アリ)
2012年3月8日、FBIの捜査官たちは家宅捜査先であるカリフォルニア州アルカディアの豪邸で、驚くべき光景を目にしました。床には足の踏み場もないほどに散らばった空のワインボトル、テーブルにはヴィンテージ風に加工されたラベル、元のラベルを剥がしやすくするためキッチンのシンクにも無数のワインボトルが沈められています。
その家は、ワインビジネスで成功した男性の住む場所のはずでした。しかしドアの向こうにあったのは、主の妄執を具現化したかのような贋作ワインの製造工場だったのです。そして、この事件を取り巻くあらゆる事物が、「貼り替えられたラベル」であることが明らかになっていきます。
この出来事は現在Netflixで配信されているドキュメンタリー映画『すっぱいブドウ』で詳細が語られています。ストーリーの中心となる人物は、ルディ・クリニアワンと名乗る中国系インドネシア人。1976年生まれで当時20代だった彼は、2000年代前半からワインオークションに足繁く出入りし、日本円に換算すると1000万円近くのワインを次々と落札して業界やメディアの話題をさらいます。2006年頃からは自身が所蔵するワインをオークションで販売するようになり、1回のオークションで2470万ドル(約27億円)の売り上げを記録したこともありました。
その若さと財力、社交性も相まって、アメリカ西海岸のワイン愛好家のコミュニティに溶け込み、敏腕のディーラーとしてメディアにも多く登場するようになったルディですが、彼が人気を集めた要因はもうひとつありました。それは彼のブラインドテイスティングの能力です。『すっぱいブドウ』でインタビューに応じたルディの知人たちは、特にロマネ・コンティに関するブラインドテイスティングを特に高く評価していました。
はがされたラベルと汚染されたワイン市場
2005年、ワイン収集家であるビル・コッチはトーマス・ジェファーソンが所蔵していたとされる1787年産のワインが偽物であったことに気がつきました。彼はこのワインを50万ドル(約5548万円)で落札しています。それを機に、彼は所蔵する2万本近くのワインすべての鑑定を専門家に依頼。その結果ルディから購入したワイン211本の真贋が疑わしいという結果が出たのでした。それによってコッチはルディを提訴します。
また2008年にはルディがオークションにドメーヌ・ポンソのクロ・サン・ドニの1945年〜1971年を出品したところ、その時期にはクロ・サン・ドニを製造していないことを当主であるローラン・ポンソ自らが指摘し、取り下げを要求しました。
FBIも違法に資金を調達した疑いでルディを追っていました。捜査が進むにつれて、ルディの正体も明らかになっていきます。彼の本名はゼン・ワン・ホアン。インドネシア系の難民で、アメリカに渡航した後に永住権を獲得しようとしたものの失敗し、名前と身分を偽って違法に滞在している人物でした。1998年に渡米した際に発行されたという学生ビザも偽造されたものです。また、華やかな表向きの顔とは裏腹に、彼が多額の借金を抱えていることが明らかになりました。ワインだけではなく、彼の存在そのものが偽物だったわけです。
そして2012年3月8日。ルディは身柄を確保され、2013年にニューヨークの裁判所で有罪が確定。40年の求刑に対して10年の実刑判決を受け、現在も服役中です。
ルディの犯罪の精度を上げたのは、彼の味覚と嗅覚でした。ルディは本物のヴィンテージワインの香りや味と似たフレーバーの安物のヴィンテージワインとカリフォルニアワインを調合して贋作ワインの中身を作り、レーザープリントとゴム印で作られた偽物のラベルにもヴィンテージ加工を施しています。後にラベルをボトルに貼り付ける糊の成分が当時使用されているものではないなど、偽物である根拠が明らかになりましたが、ポンソの件で製造年代のミスをしなければ、事件の発覚がかなり遅れたと言われています。
いまだ市場に出回る贋作ワインは1万本、ではどう見分けるか?
しかし、いまだにいくつもの問題が残ります。この事件によって市場に出回った贋作ワインのうち、500本は回収されて廃棄処分になりました。しかし現在もなお市場に出回っているものは1万本以上と言われており、もはや追跡不可能な状態です。これほどの量の贋作を果たしてルディ一人で作ることができたのでしょうか? 背後には犯罪組織の存在も示唆されています。しかし、現時点で報道されている限り、彼以外の人々に捜査の手が及ぶことはありませんでした。
そして、何よりもの問題はこの事件が氷山の一角に過ぎないということです。中国に富裕層が増えるに連れて、ワインの需要も増え、その「需要」に応えるかのように贋作ワインも市場に多く出回るようになっています。
見分け方
Wall Street Journalは贋作ワインの見分け方を次のように紹介しています。
- ラベルに不自然な点はないだろうか。たとえば、いかにも年代物のような擦り跡がインクで印刷された形跡がある、ラベルがコピー用紙のような素材であるなど。ラベルがボトルにしっかりくっついているものも注意が必要だ。古いボトルにはラベルを貼るのに使った糊の筋が見えることが多い。
- 贋作ワインのコルクは、その古さがラベルの古さと一致していないことがある。
- 販売されているヴィンテージワインのボトルの大きさは、その銘柄に存在するサイズだろうか?
- 2005年以前のボルドーやブルゴーニュのワインには本物であることを証明するホログラムやQRコードが施されていないので特に注意が必要だ。また、贋作ワインに多い年号は1945年、1961年、1982年、1989年である。
- アジア、特に中国が販売元のワインは、ラベルの文字を注意して見ること。目立たない1文字だけ変わっていないだろうか? eBayにも不衛生な環境で詰め替えられた偽物が多く出回っているので注意が必要だ。
- 不自然に安いヴィンテージワインには注意した方がいい。「たとえば閉店セールなど、理に適った理由以外で安いワインは贋作であると疑ってかかったほうがいい」とコメントする専門家もいる。
より身近な所でいえば、ヤフオクやメルカリなど、誰がどのようなルートで入手したかが分からない所では買わず、信頼できるインポーターが輸入したワインを保存管理状態が良いお店から購入するのが最も安全です。
また、2017年1月に凸版印刷はワインのコルクが引き抜かれた形跡や不正な穴開けを検知できるICタグ「CorkTag(コルクタグ)」を発表。2018年度にワインメーカー約50社で採用することを目標にしています。
詐欺に遭った人の多くはワイン収集を趣味にする高所得者で、飲むためというよりは骨董品をコレクションするようにオークションでワインを落札していました。また、ルディが当時のメディアでもてはやされたことで盲目的に彼を信用した人も少なくなかったようです。詐欺に遭わないために、またワインを本当に楽しむために最も大切なことは、ブランド名や販売主の知名度からワインを求めるのではなく、自分自身が味わう「おいしい!」という感覚を信じることなのかもしれません。
収監されたルディは、裁判でこのような言葉を残したといいます。「私はワインを愛しすぎたがゆえに、事件を起こしてしまった」と。彼の愛した「ワイン」とは、歴史が培ってきた文化を味わうことや、そのおいしさを人と分かち合う時間だったのでしょうか。それとも、高級品に付加された華やかさや名声、金銭的な利益だったのでしょうか。それはマスコミからの取材に対して彼が沈黙を守り続ける今は知るよしがありませんが、彼が出所した後、明らかになるかもしれません。
Source: Bloomberg, Wall Street Journal, RBB Today, 『すっぱいブドウ』