自分にできることを、少しずつでも続けること。「幸福学」第一人者が語る幸福度の高め方:前野隆司氏・前野マドカ氏

さまざまな環境の変化、そしてライフ・ワークスタイルの多様化にともなって、あらためて考えさせられるのが、自分がほんとうに大切にしたいモノやコトの「価値観」です。何を幸せと思うのか、どうすれば幸せだと感じられるのか。そんなテーマについてあらためて考えたという方は多いのではないでしょうか。

そんなとき、参考にしてみたいのが「幸福学」という分野。心理学と統計学をベースに、幸せになるメカニズムを検証する学問と聞くと、ちょっと難しそうに感じますが、今日からすぐにでも取り入れたくなる素敵なエッセンスがたくさんつまっています。

前野隆司さん、マドカさんの「幸福学」関連のご著書。
左から「幸せのメカニズム」「月曜日が楽しくなる幸せスイッチ」「ニコイチ幸福学

FUMIKODA初となる試み「FUMIKODA ONLINE SALON」では、幸福学研究の第一人者で慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司先生と、奥様で同研究科附属SDM研究所の前野マドカさんをゲストにお迎えし、「幸福学」をやさしく紐解いていただきました。

年齢とともに、人の役に立つことで
幸せを感じるように

人が幸せを感じるのはどんなときでしょう。おいしいものを食べたとき、友人との楽しい語らいのひととき、仕事で自分が評価されたときなど、さまざまなシーンを思い浮かべます。

「幸せにもいろいろありまして、金や地位、名誉といった幸せは"地位財“といって長続きしない幸せです。一方、長続きするのが ”人のために役立っている“ という利他的な幸せ。おもしろいことに、年齢が上がるにしたがって、利他的な幸せに寄与したいという思いが強まることがわかっています。地位財を強く求めるのは20代が一番多いんですよ」(前野先生)



もちろん、地位財を求めることは悪いことではありません。社会に出て「一流になってやる!」と血気盛んな若者は頼もしいですし、10代から看護師を目指して人の役に立ちたいと利他的な考え方をする人もいます。かくいう前野先生も「若いときは自分のことしか考えていなかった」とのこと。

もともとエンジニアだった前野先生は、人間に役立つロボットを開発するなかで「人間の幸せとは」というテーマに立ち返り、追求を始めます。のちに、その研究にマドカさんも加わるようになります。現在はそれぞれに講演やセミナーをしたり、著書を持ったり。共著やyoutubeチャンネル「はぴtube」で、ふたり揃って幸せでいられるヒントを紹介しています。

「4つの因子」を意識することで、
幸福度は高められる

会の冒頭で紹介されたのは、ご夫妻が提唱している「幸福度が上がる4つの因子」について。以前、マドカさんのインタビューでもふれている内容ですが、あらためて紹介しましょう。会では幸田フミがお手製のテロップを手に、解説に聞き入っていました。

【幸せの4つの因子】

  • 第1因子「やってみよう」因子(自己実現と成長)
    夢や目標を持ち、たとえ叶わなくても努力したり成長したりして自己実現を目指す人のほうが幸福度が高い。
  • 第2因子:「ありがとう」因子(つながりと感謝)
    まわりの人との関わりや環境に感謝をし、人との信頼やつながりを築くことで幸福度が高くなる。
  • 第3因子:「なんとかなる」因子(前向きと楽観)
    どんなこともポジティブに捉えて取り組んだり、自分の嫌いなところも含めて自己受容できたりする人のほうが幸福度が高い。
  • 第4因子:「ありのままに」因子(独立と自分らしさ)
    他人と比較せず、マイペースにやっていける人は幸福度が高い。自分らしさを押し殺しすぎてしまうと、幸福度は低くなる。


もちろん、このすべてがバランスよく高ければそれに越したことはありません。しかし、不安や悩みに押しつぶされそうなときや、落ち込んで前向きになれないときは、これらの因子のすべてが低くても仕方がありませんし、苦手な因子があって当然です。

「4つの因子のうち、自分ができそうなことを少しずつ続けてみましょう。たとえば“やってみよう因子”なら、『気がのらないけど歯を磨こう、昼めしを食べよう。よし、いい感じだ』という具合です。これはできない、苦手だ、と自分のあら探しをするのはやめて、できないことは“のびしろ”だと思うことですね」(前野先生)

また、「すべての因子は関係しているので、ひとつが上がるとおのずとすべてが底上げされる」と語るのはマドカさん。



「私は“ありがとう因子”が得意で、ちょっとしたことでも感謝するポイントを見つけるのが好き。ただ、“ありのまま因子”が少し苦手なんです。でも苦手なことを上げようとがんばると、労力もいるし無理をすることになる。だから得意なところを高めるようにしています。“ありがとう”を高めることで幸せな気持ちになると、意欲や自己肯定につながって、他の因子も高まります」(マドカさん)

幸福学を実践するご夫妻に学ぶ、
困難との立ち向かい方

4つの因子についてご紹介いただいたあとは、前野先生やマドカさんがこれまでどのように幸福学に取り組んできたか、そのきっかけも含めてエピソードをお話しくださいました。そのなかで垣間見えたのが、おふたりのうらやましいほどの信頼関係。前野先生は「マドカに学ぶことが多い」と感謝し、マドカさんは「主人は人生の先生」と敬います。「4つの因子」をコツコツふたりで続けてきた結果なのだとか。

そこで、私たちが抱くさまざまな悩みを、4つの因子を使ってどう解決すればいいのか、幸田が前野ご夫妻に3つの質問を投げかけました。

①仕事や職場の人間関係が「嫌だ!」と思った時、どうすれば幸せに?

この問いに「一水四見(いっすいしけん)」という言葉を用いて答えてくださったのは、マドカさん。「一水四見」とは仏教の言葉で、同じ水でも見方によって認識が変わるというもの。たとえば、私たちにとって眺めたり遊んだりする海も、魚にとっては住処で、魚をとる鳥から見ると餌場、おてんとうさまからみると水たまりに見えるということ。

「もし誰かに思いもよらない言葉を言われたとしても、『この人の立場から見るとそう見えるのかな』って考えるとラクになります。本当は違っていたとしてもね(笑)。そうすると相手に優しくなれますよ。そうすると自然と人間関係もよくなっていくものです。ここで役立つのは“なんとかなる”因子かな」(マドカさん)



②パートナーのことが嫌になった時、どうすれば幸せに?

一番身近な存在だからこそ、わがままになったり、素直になれなかったり。結婚して27年。長く「幸福論」を実践してきた前野ご夫妻はどう考えるのでしょうか。

「僕はありがとう、つまり“つながり”の因子が大切だと思います。医学的にみると、恋愛期には多幸感をもたらす『エンドルフィン』という脳内物質が出るんです。でも関係に慣れて3年ぐらいすると出なくなってしまう。だから感謝を忘れずに、関係性を保てるように努力することですね」(前野先生)

一方のマドカさんは「私は“やってみよう”因子だと思う」とのこと。

「もちろん感謝も大切です。そしてお互いを理解しよう、いい関係にしようと“やってみる”のもいいと思います。ポイントは、ちょっとずつ。“昨日よりほんのちょっと”を積み重ねると、信頼関係が変わってくると思いますね。キャッチボールと同じで、人ってバシッと投げられるとバシッと返したくなる。ポーンとやさしく投げられれば同じように返したくなる。そんな小さなやさしさからやってみたらいいと思いますね」(マドカさん)



③外部的要因で不運に見舞われた時、どうすれば幸せに?

事故や災害、そして新型コロナウィルスのようなパンデミックなど、予想していなかったことに遭ったときはどう乗り越えたらいいのでしょう。ご夫妻が話してくれたのは、出羽三山での山伏修行のエピソード。

「早朝にほら貝の音で起こされ、白装束を着て、山を昇り降りしたりと苛酷な修行なんです。そこで発することが許されているのは『うけたもう』という一言だけ。承りました、承知しましたという意味で、NOはないんです。すべてをそう受け入れていると、人生もそうかなって思ったんです。“ありのまま“を受け入れるという精神ですね」(前野先生)

前野先生のお話にうんうんとうなずきながら聞くマドカさんは、さらにカナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学心理学部准教授のエリザベス・ダンさんの言葉を紹介しながら続けました。
「東日本大震災の被害でつらい経験をした人は、どのように乗り越えたらいいかという問いに、ダン先生は『必ず乗り越えられる。ただし、人の力があってこそ、孤独になってしまっては、人は立ち直れない』とおっしゃったんです。誰かとの関わりを築く、その大切さを教えられた言葉でした」(マドカさん)



前野ご夫妻によるアドバイスの詳細は、こちらのFacebook動画のアーカイブでご覧になれます(27分30秒あたりから)。おふたりの話を聞いているだけで、感謝の気持ちが生まれ、前向きになれるのを感じられるはずです。

料理でもいい。
「美しいもの」をつくると幸せになれる

最後に、前野先生が紹介してくださったのが「美しいものをつくると幸福度が高まる」という研究結果。大学の学生さんたちが調べたもので、音楽やダンス、料理などでもいいとのこと。たしかに、美しいものをつくっていると楽しく、気持ちが豊かになるのを感じます。

「そういう意味では、フミさんはいつも幸せを感じているはず。FUMIKODAのバッグは軽くて使いやすくて、美しくて大好きなんです」とマドカさん。

また、「ITの世界から、働く女性のためのバッグブランドを“やってみよう”と立ち上げて、“なんとかなる”と軌道にのせて、“ありのまま”のあり方で。それが素晴らしい。エシカルな生産者とエシカルな思いを持った消費者をつなげている。フミさんの活動はじゅうぶん利他的と言えますね」と前野先生。



「いろんな方に助けていただいて“ありがとう因子”も高まっています。私はまちがいなく幸せです。モノづくりをするものとして、エシカルであることは絶対に外せないテーマですが、幸福学を知ってから、私のものづくりと通じるところがあるなあと、ますます興味を持っているんです」(幸田)

幸田自身も幸せについて再確認できたという今回のサロン。参加者の皆さまも「ありがとうから始めてみます」「お話を聞いて、パートナーにやさしくしたいと感じた」と口々に感想を語ってくださいました。

FUMIKODA SALONは少人数でソーシャルディスタンスをとりながら開催しました

月に1度、中目黒のFUMIKODA直営店で開催している「FUMIKODA SALON」は、さまざまな分野で活躍する方をゲストにお招きし、シャンパーニュやお料理とともに最先端、最前線のお話を伺うという交流の場。コロナ禍で開催自粛を余儀なくされていましたが、今回、初の試みとしてFacebook LIVEを用いた「FUMIKODA ONLINE SALON」を開催しました。

いつもサロンにお越しの方やバッグを愛用してくださる方はもちろん、遠方にお住まいの方や子育て中といったさまざまな方にとふれあえる機会は、FUMIKODAにとっても学びの多い機会となりました。これからもこのような会を企画してまいりますので、ぜひご視聴ください。

前野隆司(まえの・たかし)さんプロフィール

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。1962年生まれ。東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了後、キヤノン株式会社でカメラやロボットの研究職に従事したのち、慶應義塾大学教授に転ずる。ロボット工学に関連して、人工知能の問題を追いかける途上で、人間の意識に関する仮説「受動意識仮説」を見いだす。現在はヒューマンインターフェイス、ロボット、教育、地域社会、ビジネス、幸福な人生、平和な世界のデザインまで、さまざまなシステムデザイン・マネジメント研究を行なっている。著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書)などがある。

前野マドカ(まえの・まどか)さんプロフィール

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科附属SDM研究所 地域活性ラボ・ヒューマンラボ研究員。サンフランシスコ大学、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て現職。EVOL株式会社代表取締役CEO。国際ポジティブ心理学協会会員でもある。著書に 『月曜日が楽しくなる幸せスイッチ』 (ヴォイス)があり、月曜日が待ち遠しくなる思考法を身につけるワークショップや、幸福学に基づいた経営のコンサルティング・研修などを行っている。また、ご主人との共著『ニコイチ幸福学 研究者夫妻がきわめた最善のパートナーシップ学』(CCCメディアハウス)もあり、幸せでいられるヒントを動画で紹介するチャンネル「はぴtube」を展開している。