女性活躍推進とジェンダーギャップ解消のために、組織は何ができるのか:株式会社Will Lab代表取締役 小安美和氏✕幸田フミ FUMIKODA SALONレポート
2015年に女性活躍推進法が施行され、同時に育児休暇制度の充実や保育待機児童の解消が進んではいるものの、各国の男女格差の度合いを数値化したジェンダーギャップ指数のランキングで、日本は156か国中120位(2021年実績)というのが現状です。
働く女性がこれだけ増えても、その就労環境には課題が山積しています。管理職になりたがらない女性が多いという調査もありますが、本当にそうであるなら、制度の充実などでは解消しきれない、根本的な問題が潜在しているのかもしれません。
この難しい問題に取り組み、多くの成功実績を作っているのが、株式会社Will Lab代表の小安美和さんです。この度「FUMIKODAオンラインサロン」に小安さんをお迎えし、女性の雇用創出や女性リーダー育成の現状と、未来に向けての取り組みについてお話しいただきました。聞き手はFUMIKODAクリエイティブディレクター、幸田フミです。
順調とはいえない女性活躍推進の現状
幸田フミ(以下、幸田):美和さんが週末限定で営んでいらっしゃる蔵前のギャラリーショップに、先日初めておじゃまさせてもらいました。夢や目標を実現したい女性の想いがそのまま詰まっている空間を目の当たりにし、美和さんが自社の社名を「Will Lab」にしたのも、納得できる気がしました。
小安美和(以下、小安):ありがとうございます。人材育成においてはwill、つまりこれからどうなりたいのか、何をしたいのかという部分にコミットすることがとても大事なんですが、近年、自分のwillがわからないという人が若者を中心に増えてきました。そんな人たちも、willを持って発信している人に触れることで、気づかなかった自分のwillが可視化、言語化されるかもしれない。そのお手伝いをできたらといいなと思っています。誰しも、「こうしたい」というものを必ず持っているはずなんです。
幸田 何か始めたいと思っても、それを具体的なイメージにしていくのは難しいですよね。そういう意味で、ロールモデルの存在はとても大事だと感じます。Will Labでは昨年から、「ジェンダーギャップのない多様性を認める社会の実現」をビジョンに掲げているそうですね。現代では、働く女性のロールモデルが豊富で、ジェンダーギャップの理解も進んでいそうですが、実態はどうなのでしょうか。
小安 東京とそれ以外、大企業とそれ以外で状況が大きく異なります。東京でもジェンダーギャップ、性別役割の固定化はまだまだ根深くありますが、大企業が多く集中しており、大企業には率先してダイバーシティに取り組まざるを得ない立場もあるので、相対的に東京では動きが早いです。
それに対して地方では中小企業が中心で、多くの企業では経営者が60代以上の男性ということもあって、職場の風土は旧態依然としがちです。男女格差は家庭内でも職場でもかなり大きいのが実情です。
「ジェンダー」は未だ非常にセンシティブなテーマ
幸田 そうした風土が強い環境でジェンダーギャップ解消に取り組もうとする時、美和さんはどこからメスをいれるのですか。
小安 ジェンダーという表現は敬遠されるだろうと直感していたので、あえて使わないようにしました。「女性」と切り出すだけで、男性の半分は何らかの反発を示しますし、悲しいことに女性自身も、女性活躍というワードに対し、あまりウェルカムではありません。代わりに、対象を女性に限定しないすべての人に関わる概念として、「ワークイノベーション」という言葉を編み出しました。働き方改革とほぼ同じ意味なんですが。
その上で、人手不足対策の提案を糸口に、接点を作っていく方法をとっています。地方の中小企業はどこも人手不足ですから。経営者や採用担当者を相手に、実はこんなにたくさんの宝が眠っているんだよ、と説明します。宝というのはシニアと女性ですね。特に20〜40代の働きたくても働けていない女性たちの中に、優秀な人材が眠っていることを示し、両者をマッチングするということを続け、事例を作っていきました。
幸田 ポジティブな印象を持ってもらうためにも、呼び方は大事ですよね。言葉が浸透すれば、世間の意識も徐々に変わります。
小安 そうなんですよ。そして兵庫県豊岡市で、ワークイノベーション事業が立ち上がりました。私はジェンダーギャップを経済損失で語っていましたが、豊岡市の前市長は、そうじゃない、男女格差は社会の損失、公平性の欠如なんだと断言してくださり、全国の自治体では初めて、ジェンダーギャップ解消推進の取り組みが実現しました。
女性活躍推進を阻むアンコンシャス・バイアス
幸田 取り組みの中で、ジェンダーギャップ解消を阻む障壁にぶつかることはありますか。
小安 まず話を聞いてもらえるようになるまでのところが、最大の難関ですね。正面から乗り込んでもシャッターを閉じられてしまうので、人手不足対策から入っていって、そこで必ず成功事例を作ることを意識しています。そこまで来てようやく、話を聞いてもらえるようになるんです。でも豊岡市の取り組みがスタートから4年経ち、ロールモデルとして紹介できるまでになって、最近は、豊岡市と同じことをやりたいというリクエストをもらうようになりました。
幸田 ひとつロールモデルができると、イメージしてもらいやすくなりますね。
小安 実はその先に、もう一つハードルがあります。わかったつもりになっている人が非常に多いんです。例えば、企業のプロジェクトなどで担当者と十分に理解を共有できていると思っていたら、いざ実行フェーズまで来て話が噛み合わず、そこで初めてこの人はよくわかっていないのでは、と気づくこともあります。今はまだ過渡期ですから、焦らず諦めず向き合っていくしかありません。女性は非正規雇用を望んでいる、扶養範囲内での就労を望んでいる、女性には働く意欲がない、管理職は難しい・・・。そんな勝手な思い込みが積み重なって、ペイギャップ(男女の賃金格差)が生じます。
幸田 無意識の偏見を払拭するのは非常に難しいと思いますが、なにか施策はあるのですか。
小安 おっしゃるとおりです。ジェンダーギャップの問題に取り組み始めた頃、ある町の就労支援機関の男性から、「この町の女性は働きたいなんて思ってないよ」と言われました。言った本人には、それこそが偏見だという自覚がありませんから、仮に「その偏見が就労を阻害する原因になっているんですよ」と言い返したとしても、空中戦になるだけで埒が明きません。
データで実証することは有効です。例えば、豊岡市で市民を対象に実施した、家庭におけるジェンダーギャップの調査があります。一日に家事育児労働に費やす時間を、子育て中の夫婦それぞれに調査した結果、男性2.1時間、女性6.3時間と4.2時間の差がありました。なぜその配分になっているのかという質問に対しては、最も多かった答えが「なんとなく」、次は「夫の家事スキルが低いから」でした。何がわかったかというと、男性の側だけでなく、女性の側にも思い込み、偏見があるということです。少なくとも夫婦で話し合って決められた分担ではなく、なんとなくそうなっている。それをデータで示せたのは大きな成果でした。
幸田 可視化することで、原因がどこにあるのかをつきとめたり、問題意識を共有していくことができたんですね。
求められる「トップの本気度」
小安 ただ、データだけでは状況を変えることまではできません。反論が減るくらいの効果はあるでしょうか。「人はwhatでは動かない、whyで動く」というのがあります。「これをしなさい」「これをやりましょう」では、人は動いてくれない。「なぜやるのか」が腹落ちして初めて動いてくれるのです。
幸田 確かに、「女性の立場が弱いことがわかったので、ジェンダーギャップを解消して、女性の就労環境を改善しましょう」と提言するだけで、変革を起こすのは難しそうです。
小安 なぜアクションを起こさなければならないのか、納得してもらう必要があります。人口減少に歯止めが効かなければ、町はどんどんしぼんでいきますよ、この町では男性より女性の流出が多く、人口減少を牽引しているのも女性ですよ、そもそもなぜ女性は戻らないのでしょう、戻ってきてもらうにはどうしたらいいのでしょう、とシナリオを示して、自分ごととして考えてもらいます。
幸田 取り組みを成し遂げるために、クライアントに求められる要件はありますか。
小安 まずトップが本気かどうか、さらにジェンダー平等推進の担当者に本気で取り組む気があるかに尽きます。実行フェーズの手前で匙を投げるクライアントもいますが、頓挫するクライアントをあえて督励しない戦略を取らせていただいています。社会規範そのものを変えていくことを、大きな意味での目標にしているからです。
もちろん、彼らを見捨てているわけではありません。代わりに、早く変わりたいと望んでいる企業と一緒になって、成功事例を作ることにリソースを注力しています。そこから未着手の企業に波及させていくことを狙っています。
チャレンジをためらう女性のマインドセットを変えるには
幸田 「特別なスキルがないから」とか「子育てと両立する自信がないから」と、チャレンジに尻込みしてしまったり、管理職になることを躊躇してしまう女性もいます。美和さんはどうやってその背中を押し、彼女たちに一歩を踏み出してもらっているのですか。
小安 一つは、多様なロールモデルを見ていただくことです。「一人ではなく複数」がポイントです。働く女性の抱える問題は、業種や職種による事情に始まり、既婚か未婚か、子どもの有無、シングルマザーなど、一人ひとりの状況によって異なります。ロールモデルの属性がそのうちのどれか一つに限られていたり、どれかに偏っていたりすれば、「自分の参考にはならない」と、反発する人が少なくありません。属性だけでなく、アグレッシブなタイプや冷静で控えめなタイプなど、個性のバリエーションも取り揃えるように意識しています。
幸田 さまざまなパターンを紹介することで、「こんな働き方なら自分にもできるかも」「自分もこういう女性を目指したい」というように、女性たちがお手本にしたいと思える選択肢を増やしているんですね。
小安 もう一つ、ピアプレッシャー(横からの圧力)に弱いという女性の特性を利用した働きかけも、有効です。男性はトッププレッシャー(上からの圧力)に焦りを感じやすいのに対して、女性は仲間内で差がつくと焦る傾向があります。自分も変わりたい、挑戦したいと思ってくれたタイミングで、その気持ちをすかさず拾い上げます。管理職になることに後ろ向きな人も、自分の仕事や職場に特別な思いを持って働いています。その思いを形にするためには何が必要か、落とし込んでいくと、ポジションがないよりもあったほうが形にできる可能性が高まることに、気づいてくれます。
幸田 自分に自信を持ってもらうことも大事です。メイクアップアーティストにメイクのコツを習って、ちょっときれいな自分になるだけで前向きな気持になれたり、上質なバッグを持つだけで気分が上がって仕事モードにスイッチが切り替わったり。そんなちょっとしたきっかけで、自信が生まれることもあると思います。
小安 多くの日本人女性は、「私なんて」と思いながら、もしくは思わされながら生きています。でも「自信がない」というのは必ずしも本当のことではないと、私は思っています。本当は意欲も能力もある。あなたのここが素晴らしい、ここに期待しているからやってほしいんだと3回オファーすれば、受けない人はほとんどいません。それでも受けない人は、物理的に何か問題を抱えていたりします。
あるいは例えば、本当は子どもを産みたいとか、心にしまい込んでいる理由を表に出せず、自信がないとかやりたくないという、本心とは異なる気持ちにすり替わってしまっていることもあります。ですから躊躇する女性社員に対して会社が何をすべきかといえば、女性の意欲を生み出すことではなくて、意欲を隠している要因に気づいてあげることだと思いますね。
幸田 単純に鼓舞するだけではダメで、一人ひとりの抱える気持ちや事情まで汲み取ることが欠かせないのですね。
私自身もFUMIKODAを創業して以来、素敵な女性と出会える機会が増え、おかげでたくさんのロールモデルに恵まれて、日々頑張ることができています。女性活躍推進は、個々の女性の問題ではなく日本社会の未来に関わる難しい問題ですが、小安さんのお話を聞いて、良い方向に変えていけるんだという実感が持てました。
微力ではありますがFUMIKODAもバッグを通して、働く女性をエンカレッジしていきたいと思っています。今日はありがとうございました。
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FUMIKODA会員限定で開催した、オンラインによるFUMIKODA SALON。
日本全国から参加してくださった約40名の中には、実際に組織内でジェンダーギャップ解消に取り組んでいらっしゃる方をはじめ、その取り組みを取材されているジャーナリストの方、コロナ下で就活に励んでおられたシングルマザーの方などもいらっしゃいました。
小安さんが取り組んでこられた事例をヒントに、それぞれの立場で感じている現在の女性活躍推進に対する課題や、ジェンダーギャップ指数改善のために日本で必要とされている改革について活発な意見交換をすることができました。
ジェンダー平等は、それ自体が目的であるだけでなく、平和で豊かで持続可能な世界の実現のための手段であるとされています。日本が平和で豊かな国であり続けるためにも、ジェンダーギャップ解消に向けて日本全体が本気で取り組んでいかなければとあらためて感じました。
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小安 美和(こやすみわ)
東京外国語大学卒業後、日本経済新聞社入社。2005年株式会社リクルート入社。エイビーロードnet編集長、上海駐在などを経て、2013年株式会社リクルートジョブズ執行役員 経営統括室長 兼 経営企画部長。2015年より、リクルートホールディングスにて、「子育てしながら働きやすい世の中を共に創るiction!」プロジェクト推進事務局長。2017年3月 株式会社Will Lab設立。
岩手県釜石市、兵庫県豊岡市、朝来市などで女性の雇用創出、人材育成等に関するアドバイザーを務めるほか、企業の女性リーダー育成に取り組んでいる。2019年8月より内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員。株式会社Will Lab代表取締役。株式会社インフォバーン 社外取締役。株式会社ラポールヘア・グループ社外取締役。W20日本共同代表などを務める。