ダイバーシティ推進を後押しする「インパクト投資」とは?:株式会社SDGインパクトジャパン 代表取締役 小木曽麻里氏 ✕ 幸田フミ FUMIKODA SALONレポート

ジェンダー平等に向けた動きが世界的に加速している中で、日本のジェンダーギャップ指数は156か国中120位、女性管理職の割合は10%台と大幅に遅れをとっています。

そんな状況の中、小木曽麻里さんは、ジェンダーを含む社会課題にお金が回る仕組みを作ることでダイバーシティを推進しようと2年前にSDGインパクトジャパンを立ち上げられました。

社会的課題解決につながる革新的な技術やビジネスモデルを有する企業に投資する「インパクト投資」は、社会や環境にポジティブなインパクトを与えるだけでなく、ジェンダーギャップの解消とも密接に関係しているのだそうです。

先日FUMIKODA SALONに小木曽麻里さんをお迎えして、これから成長が期待される「インパクト投資」のこと、そして投資とダイバーシティの関係性についてわかりやすく説明していただきました。
聞き手はFUMIKODAクリエイティブディレクター幸田フミです。

インパクト投資とESG投資の違い

幸田フミ(以下、幸田):麻里さんと初めてお会いしたのは、世界銀行の東京オフィスで代表をされていた時です。東日本大震災が起こり、福島の児童養護施設を支援するために一緒にNPO法人BLUE FOR JAPANを立ち上げました。

実は私が「持続可能」という言葉を意識し始めたのはその時です。途上国の貧困問題やジェンダーギャップの解消に取り組まれていた麻里さんに「支援というものはその場限りのものではなく、持続可能でなければならない」と教わりました。
麻里さんが代表を務める「SDGインパクトジャパン」も、持続可能な社会を実現するためのファンドを運用されているのでしょうか?

小木曽麻里(以下、小木曽):以前勤めていた笹川平和財団では、運用資金800億円のうち100億円の運用を任せていただき、女性を支援するためのファンド「アジア女性インパクト基金」を立ち上げました。運用によって持続可能な援助形態です。


それ以来インパクト投資の事業に10年近く携わっていますが、まだ一般的な分野ではありません。金融機関としてなかなか振り向いてもらえない冬の時代が長く続いていました。
しかし、ここ2年の間に世の中の意識がガラリと変わりました。ようやくインパクト投資を実現できるタイミングなのではないかと思い、2020年の夏に仲間と共に株式会社SDGインパクトジャパンを立ち上げました。


インパクト投資は「社会課題にお金を回すための投資」であり、社会にインパクトを与えることを目的としています。けれどもまだ多くのファンドが存在していないため、「自分のお金をこんな投資に充てたい」と思った時のオプションがあまりない状況です。皆さんが社会に投票する感覚で、様々な投資先がもっとあるべきだと思っています。

幸田 そのオプションを増やすためにインパクト投資の会社を立ち上げられたのですね。その「インパクト投資」と、最近よく耳にする「ESG投資」、そして一般的な投資は、それぞれどう違うのでしょうか。

小木曽 一般的な投資は基本的にPL(損益計算書)、財務情報のみで判断されます。「ESG投資」は財務情報以外に、ESGの頭文字、Environment(環境)、Social(社会)とGovernance(ガバナンス)の3つの要素も考慮した投資のことです。

対して「インパクト投資」は、社会にポジティブな変化や環境を生み出すことを目的とした投資です。ESG投資も「世の中のためになるから」と投資先に選ぶ方もいらっしゃいますが、実際はESGへの取り組みによって会社の収益が上がることへの投資なので、あくまでも収益が基準になっています。

例えばある外資系ファストフードの企業は、2021年にESGの格付けが引き上げられ、多くのESGファンドに組み入れられました。しかし、蓋を開けてみるとその企業のサプライチェーンからのCO2排出量は増えていたのです。
ESG投資はあくまでも「収益を上げる」という観点で判断されるため、非財務情報である「CO2排出量が増加した」とか、「女性の雇用比率が下がった」などは見ていません。「地球」「より良い未来」など良さそうな名前がついているファンドもありますが、ESG投資は必ずしも世の中を良くするための投資ではなく、あくまでも「ESGという要素を考えた時、収益が上がりそうな企業に投資しましょう」というものです。ただ、ESGという視点が入ることで、企業が「ESGに取り組まなければ」という姿勢になるのは良い点です。

また、ESG投資は上場株が多く、インパクト投資はどちらかといえば非上場のベンチャーを対象にしていることが多いですね。

世界的に高まるインパクト投資への関心と、普及に向けたハードル

幸田 「インパクト投資」は収益ではなく、どれだけ社会の役に立っているかが基準になるのですね。

小木曽 「インパクト投資は儲からない」などと言われ、これが普及しづらい理由のひとつになっていました。金融機関はフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)といって、「資産を預けている顧客に対し、利益を最大限にすることを目標に利益に反する行為を行なってはならない」という決まりがあったので、収益を犠牲にしてインパクトを出すという行為は許されません。
それが足かせになっていましたが、最近は「収益とインパクトは必ずしもトレードオフではない。社会にインパクトを与えつつ儲かるものもあるじゃないか。」という考え方のもと、トレードオンの部分に投資すれば良いというふうに変わってきました。

例えば投資先のひとつで、プラントベースドミート(植物性由来肉)などの代替肉を開発するアグリ・フードテックや、バイオテクノロジーを用いた新たなサスティナブル素材の開発などのサステナブルテクノロジーなどは、社会にインパクトを与えながら十分儲かる可能性はあります。

幸田 インパクト投資への関心が高まっているのは、世界的なトレンドなんでしょうか?

小木曽 投資家たちの意識も変化してきていると感じています。私がインパクト投資に出会ったのは、途上国で様々なプロジェクトに携わっていた時でした。当時現地で「素晴らしい事業なのにお金がない」といったプロジェクトが沢山ありました。逆に、内容はあまり良くないけれど、うまくお金がついているプロジェクトが進んでいたりしていて、お金の流れを意義があるものにしなければいけないなと思いました。

財務条件をクリアしていれば、「良いことに投資しましょう」と簡単に言ってきましたが、金融システムの観点からすれば、インパクト投資は100年に一度の改革のような発想だと思います。

これまでインパクト投資はなかなか普及しませんでしたが、最近では消費者のマインドが変わってきました。社会の意識が変われば金融機関も変わらざるを得ません。
やはり一番勢力を感じるのがZ世代です。コロナ下で意識が大きく変わったこともあり、日本ではこの2年ぐらい、ヨーロッパでも3、4年の間にESGが浸透してきました。おそらくこのトレンドはずっと続くと思います。

幸田 日本でインパクト投資をしたい場合、どのような選択肢があるのでしょうか?例えば今私が投資したいと思ったら、どうすれば良いのでしょうか。

小木曽 残念ながら今は個人向けの商品はほとんど出ていません。当社の会長がクラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」と関わりがあるので、個人向けのインパクト投資が実現できないかを検討したりしましたが、今のところ難しい状況です。

例えば、環境改善効果のあるグリーンプロジェクトに必要な資金を調達するために発行する債券「グリーンボンド」は、インパクト投資に近いですね。また、開発途上国のジェンダー平等と女性のエンパワーメントを目的とした債券「ジェンダーボンド」は、国際機関が発行しているインパクト投資です。
あとは、サステナビリティに取り組んでいるベンチャーに投資するのも面白いのではないかと思います。

幸田 個人としてファンドに参加できなくても、インパクト投資先としてピックアップされている銘柄であれば「サステナビリティを考慮しながら経営している会社」というふうに評価できそうですね。
例えばレストランでも「ミシュラン・グリーンガイド」にリストアップされていれば、食材や環境に配慮しているお店なんだと判断できます。


小木曽 そうですね。共感ポイントはある人にとっては「環境」だし、ある人にとっては「リサイクル」かもしれません。そういった視点で、これから金融機関も個人向けのインパクト投資商品をもっと増やしていくのではと思います。


幸田 クラウドファンディングのような感覚で、自分が共感するアクションを起こしている会社に投資することによって社会にインパクトを与えられれば、一緒に良いことをしているような気持ちになれますよね。そういった投資先の選択肢が増えると「投資したい」と思う人ももっと増えると思うのですが、実現するにはどのようなハードルがあるのでしょうか。

小木曽 今は「金商法」の関係で金融機関にしか投資商品を作ることができないため、それがハードルになっています。けれども、金融機関以外にも「デジタル債」という新しいフィンテックの仕組みで個人に債券を買ってもらうことができます。
また、クラウドファンディングや地域通貨なども可能性を感じます。投資家の方の中にはスタートアップ企業に直接出資している方もいますし、個人のインパクト投資先はこれから増えてくると思います。

幸田 麻里さんは今の会社(SDGインパクトジャパン)でどのようなインパクトファンドを運用されているのですか?

小木曽 今2つのベンチャーファンドを展開しています。
ひとつは先程お話したアグリ・フードテック分野で、もうひとつは、ニュージーランドのファンドです。ニュージーランドはサステナビリティに対して特に敏感な国で、小さい国ながら相当数のスタートアップがサスティナブル関連事業で起業しています。


例えばリサイクル事業。ペットボトルは透明のものしかリサイクルされず、ほとんどがゴミになっています。それらを再生可能な素材に生まれ変わらせたり、海草をサスティナブルな肥料にしたり。あと、キノコでレザーを作ったりと、ユニークなアイデアや技術をもっている会社が沢山あります。

そういったサスティナブル関連事業に投資するファンドはまだまだ少ないです。日本にもそういうスタートアップにお金が回るシステムが構築され、個人が投資できるようになればいいですね。

インパクト投資とダイバーシティの関係

小木曽 サスティナブル関連の銘柄もそうですが、女性向けのファンドもまだまだ少ないのが現状です。特にテクノロジー関連だと、女性起業家が占める割合は全体の1〜2%ぐらいしかありません。

社会の中で女性にうまくお金が回っていないんじゃないか、という課題が自分の中のテーマになっています。女性は賃金が低いがゆえに生活が不安定になりやすく、シングルマザー家庭の貧困を含め様々な問題が起きています。私個人としてはそういった問題を解決するために、女性を支援するファンドに取り組んでいきたいと思っています。


幸田 そういえば起業される前に、「投資家も投資される側も、もっと女性が増えるといいな」と仰っていたことを思い出しました。

小木曽 そうですね。SDGsの一番の根幹がダイバーシティであり、みんなが自分らしく幸せに生きていけることなんです。ダイバーシティが成り立たなければ、そもそもSDGsは実現しません。その上に環境、労働など様々な要素があるのですが、それらを串刺しにするのは人権やダイバーシティだと思っています。

幸田 限られた立場や価値観の人だけで物事が語られるべきではないですよね。

小木曽 そういう意味では、海外のパネルディスカッションだと「登壇者が男性だけならやりません」といった動きが随分前から起きていています。

これまで限られた人々の間でしか話題にならなかったダイバーシティの重要性について、最近は様々な場所で議論され、問題意識が高まってきたと感じています。日本でも議論が高度化して、ダイバーシティへのながれが加速しつつあるので、企業もしっかりアンテナを張っておかなければ社会に取り残されてしまうと思います。

幸田 いずれ消費者がインパクト投資に参加できるようになれば、企業の勝ち負けがはっきりしそうですね。ダイバーシティへの取り組みがきちんとされていない企業は支持されなくなる。

小木曽 実は新しい試みとして、ESG投資とインパクト投資の間のファンドを作りました。ポートフォリオに入っている企業すべてにジェンダー平等の目標を立てていただき、3年で改善することを促しています。
最初は企業側に嫌がられてしまうのでは…と思いましたが、実は企業もジェンダー平等に取り組まなければならないと思っていたようです。頭でやらなきゃいけないとわかっていても、一体どうやって進めていけばいいのかわからないと悩んでいる企業も少なくないようです。

欧米を見ていても、ジェンダー平等の動きが活発になったのはここ5年です。イギリスでは企業の女性役員が占める割合を4割にするという規則を政府が設定するのだそうです。
今ヨーロッパ企業の女性役員の割合は30~40%程度です。2000年代前半は10~20%だったので、随分上がってきましたよね。日本も女性役員の割合がスピーディに上がってほしいです。

ダイバーシティの話になりましたが、投資においても女性の視点を取り入れる必要があると思います。今伸びているフェムテック関連の投資を含め、投資に女性の視点が入ってないのでは… と感じることがよくあります。ジェンダー平等のためにも、この先もっと女性にお金が回る投資が増えればと思っています。

幸田 私自身はこれまで投資に対して積極的ではありませんでしたが、ダイバーシティや女性活躍が加速するようなファンドがあれば是非投資したいです。
そして社会のためになる事業で業績を伸ばして「投資される側」になることも目標に、FUMIKODAを成長させていきたいと思いました。
本日はありがとうございました。

☆☆☆

今回FUMIKODA SALONにご参加いただいた皆様の中には、ジェンダーギャップ解消に関わる事業に携わっている方や、ESG投資にお詳しい方もいらっしゃいました。

トークセッションの後のディスカッションでは、日本にダイバーシティがなかなか根付かない原因や、今後ブレイクスルーするために必要なアクションを熱く語り合う中で、自分たちの世代が日本のジェンダーギャップを解消できなかったことを反省する声も聞かれました。


SDGsの認知が高まり、ダイバーシティの重要性が理解されつつある今、インパクト投資という新しい切り口で、次世代が活躍しやすい社会の実現を後押しできるといいですね。


FUMIKODA SALONで皆様にお楽しみいただいたお料理は、”オールサステナブル・フレンチ”がコンセプトの「Noeud.TOKYO(ヌー.トウキョウ)」にご提供いただきました。
地産地消・旬産旬消、フードロスに配慮したお料理や、リサイクル資材を使用したインテリアなどが評価され、「ミシュランガイド東京2022」で一つ星とともに「グリーンスター」を獲得したレストランです。


そしてシャンパーニュは「Duval-Leroy(デュヴァル=ルロワ)」。200ヘクタールにも及ぶ一級・特級畑を独立家族経営で支える6代目当主キャロル・デュヴァル=ルロワは、3人の子供を育てながら経営の手腕を振るってきたシングルマザー。チーフ醸造家サンドリーヌ・ロジェット=ジャルダンもまた女性であり、重要な役割を女性が担っているユニークなメゾンです。女性らしいエレガントさの中に、しっかりとした力強さを感じるシャンパーニュです。

 

小木曽麻里(こぎそまり)

SDGインパクトジャパン代表取締役。インパクト投資、社会起業家支援、インクルーシブビジネスの促進などSDG実現のためのビジネス、特にSDGファイナンスに幅広く携わる。2017年には国内で初めてのジェンダー投資ファンドであるアジア女性インパクトファンドを設立。世界銀行資本市場部、世界銀行グループ多国間投資保証機関(MIGA)東京代表、ダルバーグジャパン代表、ファーストリテリンググループのダイバーシティ担当部長および人権委員会事務局長を歴任。W20日本デリゲート、国際協力機構海外投融資委員会有識者委員、WE Empowerのアドバイザーを務める。東京大学経済学部卒業。タフツ大学フレッチャー校修士。