対談:ウェルビーイングのためのエシカルライフ| 一青窈氏(歌手)×岡島悦子氏(株式会社プロノバ代表取締役)
地球環境への負荷を軽減した衣類を身につける、フェアトレード食品を選ぶ、社会的責任を軸に事業を展開する企業に投資をする……。社会や環境を思いやる「エシカル」なアクションは、ウェルビーイングな暮らしを実現するために大切な要素のひとつだとFUMIKODAは考えています。
そんな「エシカル」に対するアクションや考え方について、多方面でご活躍されている方々にお話を伺う本企画、第一回目は、一青窈氏(歌手)と岡島悦子氏(株式会社プロノバ代表取締役)をお招きし、「ウェルビーイング」に生きるためのヒントをいただきました。
未来に“つけ”を残さない。
サスティナブルであることも大切なキーワード
今回の対談は、一青窈さんの「私のまわりにはいない、バリバリ働くキャリアウーマンと話がしてみたい」というひと言によって実現しました。対談相手として白羽の矢が立ったのは、株式会社プロノバの岡島悦子さん。経営チーム強化コンサルタント、ヘッドハンター、リーダー育成のプロとして、さまざまな企業や経営者から相談を受けています。
幼少期を台湾で過ごした一青さん、そして台北のアメリカンスクールに通っていた岡島さん。おふたりとも小さなお子さんのママであることなど、まったくの異業種でありながら共通点も多く、話し始めから意気投合。「エシカル」や「ウェルビーイング」のテーマを超えて、話題は多岐にわたりました。
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一青窈さん(以下、一青):今日の対談にあたって、フミちゃん(FUMIKODAクリエイティブディレクター・幸田フミ)から事前に企画の概要をもらったんですが、エシカル、ウェルビーイングをはじめ、カタカナ言葉ばかりであまりよくわからなかった(笑)。エシカルという言葉は、環境配慮系のモーションかと思っていたけど、「倫理的」「道徳的」という意味を持っていますよね。「ウェルビーイング」とはどういったことを指すのでしょうか。
岡島悦子さん(以下、岡島):働き方で考えてみれば、企業はこれまでいかに売り上げを拡大して、いかに成長するかに重きを置いてきました。しかし、それだけでは成長が止まってしまう。サスティナブル(持続可能)なことを考えていかなければ存続できないと気づいたわけです。お客様にとっても幸せであることを考えなければ飽きられてしまうし、人生100年といわれるこれからの時代に人材もあくせく働くだけでは燃え尽きてしまう。そこで、企業や個人はもちろん、すべての「ステークホルダー」にとって、何が幸せかということを考え始めた一種のムーブメントですね。
一青:ステークホルダー……
岡島:「ステーク」とは株のことで、権利を持っている株主さんはもちろん、お客様、従業員、取引先、地域なども含めてその企業を取り巻く人たちや環境のことを「ステークホルダー」といっています。
幸田:私は、ウェルビーイングはより人生を充実させる要素として捉えています。これまで経済的なことが成長の大きなものさしになっていたけど、もうちょっと地球のことを考えたり、誰かの役に立てることを考えたり、すごくいいことだなって思いますね。
岡島:サスティナブルという意味では、未来の子どもたちに“つけ”を残さないことも大切。私が社外取締役をしている株式会社ユーグレナでは、未来の大人にとって幸せな環境をつくるために、18歳以下の若い世代のCFOを採用して、彼らの意見を会社の運営に反映させるという取り組みを始めました。CFOのFは「Future」のF。インターネットや新聞広告で役員を募集したら、小学生から高校生まで500人もの応募がありました。これから毎年ひとりを選出していきます。
一青:すごくおもしろい取り組みですね。
岡島:今年選ばれたのは17歳の高校生で、役員会にも出席してもらっています。もちろん、親御さんとお話をして毎月の報酬をお支払いしていますよ。そしてCFOの提言によって、ペットボトルだったドリンクのパッケージを全廃してカートンカン(紙製飲料缶)にし、2021年までにプラスチックを50%までにおさえることが決まりました。カートンカンはコストがかかりますしペットボトルのようにフタをして持ち歩くことはできない。つまり、パッケージの変更が売上に直結するわけです。大人は地球環境にやさしいことはわかっていても、さまざまな事情で踏み切れなかったことですが、CFOの提言通りに実行していきます。ウェルビーイングのいい事例だと思います。
さまざまな価値が再定義される時代。
いかに変化に適応できるか
幸田:悦子さん自身は、経営者という目線でどのようなウェルビーイングを目指しているんですか?
岡島:かたくるしくなく、「どうすれば楽しく変化し続けられるか」を考えていきたいですね。とくに企業にあっては、それまでのやり方やあり方が変化することを恐れますし、成功体験を捨てることは怖いことです。企業の方々によく言うのが「もっと若手を抜擢してください」ということ。いつの時代も若手が新しいものをつくる。かといって、若手だけがいればいいのではなく、若手と成熟した大人が組むことで新しいものができていく。音楽もそうですよね。異能な若手は、経験豊富なプロデューサーと組むことで才能を開花させることができます。企業にも、同じことを継続していくだけでなく、どうすれば変化し続ける体制をつくれるのかを考えてほしいといつもアドバイスしています。
幸田:窈ちゃんは、変化についてどう考えていますか?
一青:私はすごく刹那的で、もともと過去のことも未来のこともあまり考えて生きていないんです。今朝何を食べたかなんてどんどん忘れたいし、いつか詩が書けなくなったらどうしようと悩むこともないです。自分の命が一番大切だったけど、子どもが生まれてからは、もはや自分の命すらどうでもいいぐらい(笑)。今できるすべての力を出して、今やるべきことをクリアしていくことが大切だと思っているので、変化することに抵抗はないですね。
岡島:きっと心がすごくウェルビーイングな状態にあるんだと思います。先々のことを心配して、人生を逆算しながら生きなくてはいけないと思い込んでいる人が多いのですが、現代は社会や経済も先のことが見えづらくなっていますよね。だからこそ、今に注力できているのはすごいと思います。
一青:ただ、音楽業界の変化は肌で感じています。私が「もらい泣き」でデビューした2002年ぐらいは、かたちのない音楽をパッケージして商品としてたくさん出荷できていたギリギリの時代でした。環境に配慮した素材でパッケージをつくってもらったこともあるんですが、コストがかさむから売りにくいって言われたりしましたね。今はストリーミングやダウンロードが主流になって、エシカルとかにまったく関係のないパラレルワールドにいる感覚があります。
幸田:最近は、ファンクラブの存在意義について語られることも多くなりましたよね。これまではファンクラブに入らなければ得られなかったパーソナルな情報が、インスタグラムなどで自由に公開され、有名人が身近に感じられるようになりました。オンラインサロンを主宰する有名人も多いですよね。
一青:ファンクラブもそうですけど、音楽自体の価値やありがたみも減っている気がするんです。私が学生の頃は、なけなしのお金で買った1枚のCDを死ぬほど聴きましたけど、ストリーミングならいつでも聴けるという感覚。アルバムをダウンロードしたことも忘れて、また買おうとしてアラートが出てきて気づく(笑)。魂を込めてつくった曲を広く聴いてもらえるのはうれしいけど、本当にいいことなのかっていうのは、ミュージシャン同士でよく話しますね。もちろん、CDで手元に置きたいという人もいるし、演歌はカセットも売れているみたいだし、音楽にとってのエシカル、ウェルビーイング、サスティナブルっていうのは難しい……。
岡島:コロナ禍で再定義されているのがリアルの価値。ライブのオンライン配信はもちろんありがたいですけど、やっぱりリアルに生で聴くのがいいという声も強いと思います。とくに音楽やスポーツはそうですよね。
一青:私にできることは自分への投資かなって思うんです。風邪を引いたらライブはできないし、これから年齢を重ねてハイトーンが出なくなったら、「キーが違う」とお客さんをがっかりさせてしまう。それがイヤなので、あまり気はすすみませんがボイストレーニングにも17年ぐらい通ってます。自分の健康のため、自分の経験値を高めるための投資が私にとってのウェルビーイングなのかもしれないですね。
幸田:窈ちゃんは、詩が書ける、歌が歌えるってだけで、じゅうぶん人のためになっていると思いますよ。
ToDoリストに支配されるのではなく、
ToFeelリストを思い浮かべて1日を終える
岡島:人に歌詞を提供するときは、どんな思いで書かれるのですか?
一青:依頼いただいた人に憑依するぐらいの思い入れで書きますね。どうしたらその人が幸せにしたかった人に届くかとか、亡くなったお母さんへの歌だったらどんな言葉を選べば弔いになるかとか。だから「歌詞をもらって泣きました」って言われるとすごくうれしいです。
岡島:私の仕事もまさにそれです。いろんな会社から相談を受けるけど、経営者に憑依するぐらいの思いでつきあっています。その経営者の代わりにインタビューを受けたら、その人が話すであろうことが語れると思うってぐらい(笑)。ものすごく肩入れしているから難しい局面もあって、心身ともに疲れちゃうんですけどね。でも、私の幸せは選んだ人材が成長すること。私の仕事には「将来社長になるべき人材を見極めて育てる」という業務もあるのですが、選んだ人材が立派な経営者になって株主総会の檀上に立っていると「いいぞいいぞ」と思うわけです。
幸田:どうすれば自分が幸せなのかを知ることは、ウェルビーイングへの近道かもしれないですね。私はとにかくデザインが好きだから、FUMIKODAのデザインをしているときが一番幸せ。会社としては販売計画を立ててひとりでも多くのお客様に届けなくちゃいけないんだけど、私個人としてはデザインして、それを使ってくださる人のことを想像するだけで幸せなんです。自己満足かな(笑)
一青:さっきの憑依じゃないけど、フミちゃんの物づくりへの考え方は私にはすごく刺さりました。アニマルフリーとかエシカルというコンセプトを掲げるようになった理由も。
幸田:とにかく働く女性のためのバッグをつくりたいという思いがあって始めたのですが、IT業界の出身で、ファッションのことはわからなかったので、素材についてイチから調べたんですね。そうしたら、生産工程でいろんな犠牲や負担がかかっていることを知って……。自分がつくるバッグはできるだけエシカルで、地球に負荷をかけず、持っていることに罪悪感のないものにしようって決めたんです。もちろん、持ちやすさとデザインには妥協せずに。窈ちゃんはどんなときに幸せを感じますか?
一青:ライブ後の打ち上げかな(笑)。自分がへべれけになるのが好きなんじゃなくて、そこにいるみんながハッピーなのがいいんです。その幸せのためにがんばる。
岡島:これまでの時代は、どちらかというと「ウェルビーイング」ではなく「ウェル“ドゥーイング”」に一生懸命だったと思うんです。つまり、「To Doリスト」をつくってタスクを消していくという生き方ね。でも1日の終わりに「あれもできなかった、これもできなかった」と切迫感を感じると、脳は喜ばないんだそうです。そこでやってみたいのが寝る前に「To Feelリスト」を思い浮かべること。脳は寝ている間に情報を整理するので「今日はこんなにワクワクしたな」「あんなことをがんばって、楽しかった」と振り返れると、ウェルビーイングにつながるといわれているんですよ。
一青:じゃあ、今日は「3人で語れて楽しかった」って思い浮かべて寝ます(笑)。今日はすごく勉強になって、思わずメモをとってしまいました。
幸田:難しい話を、わかりやすくおもしろく解説してくださった悦子さん、何でも本音で語ってくれた窈ちゃん。今日は有意義なお話をありがとうございました!
この日ALEXを持ってお越しいただいた、一青窈さんと岡島悦子さん。
素敵な対談をありがとうございました!
一青窈(ひとと・よう)さんプロフィール
1976年、東京都出身。台湾人の父と日本人の母の間に生まれ、幼少期を台北で過ごす。慶應義塾大学 環境情報学部(SFC)卒業。在学時、アカペラサークルでストリートライブなどを行う。2002年、シングル「もらい泣き」でデビュー。翌年、同曲で日本レコード大賞最優秀新人賞、日本有線大賞最優秀新人賞などを受賞、NHK紅白歌合戦初出場。以降、「ハナミズキ」などのヒットを生む。また、映画「珈琲時光」、音楽劇「箱の中の女」で主演を務めるなど、女優としても活躍するほか、詩集『一青窈詩集 みんな楽しそう』をはじめとする著書の発表、さらには他アーティストへの歌詞提供など、歌手の枠にとらわれず活動の幅を広げている。
一青窈オフィシャルサイト
岡島悦子(おかじま・えつこ)さんプロフィール
1966年、東京都出身。筑波大学卒業後、三菱商事に総合職として入社。ハーバード大学経営大学院でMBA取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに転職。2002年、グロービス・グループにてグロービス・マネジメント・バンク事業を立ち上げ、代表取締役に就任。2007年、「日本に“経営のプロ”を増やす」を掲げ、株式会社プロノバを設立。現在は株式会社丸井グループ、ランサーズ株式会社、株式会社セプテーニ・ホールディングス、株式会社ヤプリ、株式会社ユーグレナ、株式会社マネーフォワードの社外取締役を務める。ダボス会議運営の世界経済フォーラムから「Young Global Leaders 2007」に選出される。著書に『40歳が社長になる日』(幻冬舎)などがある。
株式会社プロノバ