「ジェンダー後進国、日本。女性が自分らしく働ける社会へ」ファーストリテイリング社長室ダイバーシティ推進担当部長 小木曽麻里:FUMIKODA WOMANインタビュー vol.10
「FUMIKODA WOMANインタビュー」では、さまざまな仕事の現場で活躍する女性たちの仕事への取り組み方から、生き方やライフスタイルまでをご紹介します。今回は、長きにわたってジェンダー格差の問題に取り組み、現在は「ユニクロ」を展開する株式会社ファーストリテイリングで女性活躍推進室長を務める小木曽麻里さんのお話を伺うためにオフィスを訪ねました。聞き手はFUMIKODAのクリエイティブディレクター・幸田フミです。
キャリア構築の2つの軸は
「ファイナンス」と「社会問題」
幸田フミ(以下、幸田):麻里さんに初めてお会いしたのは東日本大震災の直後でしたね。被災者支援から始まり、現在は児童養護施設の子どもたちを支援しているNPO法人「BLUE FOR JAPAN」を立ち上げる際には、人的支援という観点でさまざまなアドバイスをいただきました。また、FUMIKODAもローンチのときからいろいろと相談にのっていただいています。
小木曽麻里さん(以下、小木曽): 長いおつきあいになりましたね。
幸田:まずお伺いしたいのが、これまでのキャリアのことです。邦銀に始まり、世界銀行(以下、世銀)に勤務して世界を飛びまわっていた頃のお話をお聞かせください。
小木曽: 私が社会に出たときはバブル時代全盛期。銀行という男社会の中で「このままでは先のキャリアは描きにくい」という思いがありました。7年勤めたあと、修士を取るためにアメリカマサチューセッツ州にあるタフツ大学に通い、金融と環境について学んだんです。このことが大きかったかもしれませんね。
日本に帰ろうかと思っていた矢先、世銀に勤めている父の知り合いが「金融と環境の仕事をやってくれる人を探している」というのでお世話になることにしました。「金融と環境の仕事」とは、たとえば環境資源をどうやったら証券化できるか、社会的な課題をどうしたら金融価値に変えられるかというイメージです。世銀で最初に携わったのは水にまつわる問題解決で、カザフスタンやタイ、ミャンマー、カンボジア、ベトナムにも赴きました。苦労はしましたが、今思えば楽しかったですね。日本の銀行時代は自分のミッションなんて何もなかったですから。
幸田:バブル時代に抱いた「先のキャリアが見えない」という不安が、のちのキャリアに大きく影響しているのかもしれませんね。
小木曽:どんな環境でも、ひとつのことを突き詰めることで見えてくるものもありますが、視点が凝り固まってしまって新しい発想が出てこなくなることもあります。ですから私は定期的に環境を変えるということを自分に課すようにしているんです。
職場環境を変えるときに考えるのは、自分の専門性です。自分が世の中で役に立てることは何だろうと考えたときに、やはり外せないのが「ファイナンス」という大きな軸。そしてもうひとつ「社会問題」に携わりたいという思いがありました。世銀のときはまさにやりたいこととタイミングが合致したという感じでしたね。
なかなか埋まらない
日本におけるジェンダー格差
幸田:日本でもようやく社会や企業が動き始めたジェンダーやダイバーシティといったテーマに、麻里さんはいち早く取り組まれてきましたね。
小木曽:ダイバーシティとは多様化の受容を意味しますが、日本ではまだまだジェンダー格差の課題が多く、人種や年齢、宗教といったところまでは追いついていないですね。日本では昨年の流行語は「ワンチーム」でしたけど、アメリカの英語辞書「メリアム=ウェブスター」は、昨年を代表する言葉に「they」を選んでいます。受けるのは「are」ではなく「is」で、性自認が男性でも女性でもない“ノンバイナリー”の人たちを表す単数形の代名詞として、辞書に意味が追加されています。アメリカではいろんな性の解釈が進んでいるわかりやすい例ですね。ヨーロッパでは移民や宗教の問題がどこまで人権として受け入れられるかという議論が活発になされています。
幸田:ジェンダー格差としては、日本は世界的にも後進国だそうですね。
小木曽:昨年12月に世界経済フォーラムが発表した「男女格差(ジェンダーギャップ)報告書」では、日本の順位は過去最低となる121位でしたよね。それこそファーストリテイリングは海外にも展開していますが、中国はジェンダーダイバーシティが進んできているなという印象を受けます。海外では、ジェンダーにとどまらず、個性や考え方、バックグラウンドの違う人材を増やしましょうというステージにあるのに、日本と韓国はまだまだ低いですね。
2019年世界のジェンダーギャップ指数
ランキング ※()内は2018年 |
国 | スコア |
1 (1) | アイスランド | 0.877 |
2 (2) | ノルウェー | 0.842 |
3 (4) | フィンランド | 0.832 |
4 (3) | スウェーデン | 0.820 |
5 (5) | ニカラグア | 0.804 |
6 (7) | ニュージーランド | 0.799 |
7 (9) | アイルランド | 0.798 |
8 (29) | スペイン | 0.795 |
9 (6) | ルワンダ | 0.791 |
10 (14) | ドイツ | 0.787 |
15 (12) | フランス | 0.781 |
21 (15) | イギリス | 0.767 |
53 (51) | アメリカ | 0.724 |
76 (70) | イタリア | 0.707 |
106 (103) | 中国 | 0.676 |
121 (110) | 日本 | 0.652 |
※Global Gender Gap Report 2020より
幸田: FUMIKODAのお客様でも女性社長や役員に昇進なさる方が増えているので、順位はどんどん上がっていくものだと思っていました。女性管理職の割合は少し上昇したそうですが、全体的に見ると経済面では横ばいのようですね。
小木曽:ファーストリテイリングのダイバーシティ推進室として、10社ほどの企業に女性の機会創出支援についてアンケートを行ったんです。その中で、仕事と家庭の両立を支援した企業があったのですが、辞める人は減っても昇進を希望するまでには至らないそうです。海外だと働きやすさと昇進は結びつきやすいんですけどね。日本ではそうはいかないのが実情です。
ジェンダー格差の問題はいくら声高に叫ばれても、「男性はこうあるべき、女性はこうあるべき」というバイアスは払拭するのは難しいですよね。子ども服も「男の子用」「女の子用」の垣根をなくして、物心つく前からバイアスを持たせないのはどうか、なんてよく社内で議論するんですけどね。
幸田:実は私も最近よく考えるんです。FUMIKODAは働く女性のためのブランドとしてターゲットをかなり限定していますが、ユニセックスの「ALEX(アレックス)」というトートバッグは販売を開始した直後から、性別だけでなく、年齢も用途も違ういろんな方がご購入くださって「使いやすい」ってほめてくださって……。物づくりって本当はそうあるべきなのかなと考えていたところなんです。このバッグがすごくいいきっかけになりました。
小木曽:まさに時代の最先端をいっている感じですね。私もここ数年で物を選ぶときの基準が変わりました。エシカルとかサスティナビリティとかそういう意志のある物に惹かれますね。FUMIKODAのバッグは軽くて使いやすいだけでなく、素敵だし、伝統工芸も入って、ジェンダーもダイバーシティも取り入れている。すばらしいと思います。
ユニクロも、ニュートラルなデザインが受け入れられている感じがします。ユニクロにも「LifeWear(ライフウェア)」というシリーズがあって、「あらゆる人の生活を、より豊かにするための服」とうたっています。まさにジェンダーレスにつながっていると思います。
世の中には、まだまだ男性目線で作られているものが多いんです。たとえば車のシートベルトは、同じ事故をしたときに圧倒的に女性のほうが生命のリスクが高いことがわかっています。女性、ひいてはジェンダーレスの視点を持つことで広がるマーケットはとても多いと感じます。
女性の活躍は、
経済効果も世界平和も押し上げる。
幸田:麻里さんは前職の笹川平和財団では「ジェンダー投資」に取り組まれていましたね。ジェンダー投資についてご説明いただけますか?
小木曽:経営参画や採用人数、賃金格差、育休・産休などの取得率などを評価項目として、女性の活躍支援や女性の地位確立に力を入れている企業に機関投資家が優先的に投資していこうとするもので、こういった動きが欧米で始まり、日本でも少しずつですが広がりを見せています。ジェンダー投資ではないですが、わかりやすいのが記憶に新しいアメリカのゴールドマン・サックスの例。新規株式公開(IPO)の引受業務で、上場を希望する欧米企業は最低1名の女性取締役が就任していることを条件にしましたよね。2021年からは最低2名とするようです。
幸田:女性が活躍している企業のほうが信頼がおけるということでしょうか。
小木曽:のびしろがあるとは確実に言えるでしょうね。デロイト・トウシュ・トーマツの調べによると、株式市場でジェンダーダイバーシティが進んでいる企業の上から25%と下から25%を比べると、収益率に40%もの差があったそうです。すごくわかりやすい指標ですよね。今までのマーケットになかった価値観です。
経済だけではありません。UN Women(ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連女性機関)の調査では、紛争解決の話し合いにおいて、女性の声が30%を超えると解決への成功率が上がるというデータが出ています。紛争の一番の影響を受けるのは女性と子どもだと言われているのに、その声が上がっていなかったことのあらわれではないでしょうか。
幸田:感覚的にはわかるような気がします。女性が多いほうがリスクまで目を向けられたり平和的な議論になったりしますよね。
小木曽:同じような考え方を持っている人で議論するのはラクなんです。でも、異なる考え方を持つ人が意見を出し合えば、議論は長くなってもデフォルトリスクが少なくなるということもわかっています。
幸田:プライベートでも気が合う人と一緒にいるほうが充実している気になりますが、いろいろな人が集う場にも臆せず顔を出してみると、学びや発見につながるかもしれませんね。
日本人女性は、自分を過小評価しすぎている。
幸田:ジェンダーダイバーシティを推進するうえで、女性管理職はどのような意識を持っていればいいでしょうか。
小木曽:社会や組織を変えていくことはとても大変なことです。何も言わないとラクなほうに流れてせっかく積み重ね始めたダイバーシティも失われてしまいかねません。とにかく社会や会社のトップが声高に提唱し続けることですね。
もちろん、個人一人ひとりも同じことで、意識しないとラクなほうへ流れてしまう。ジェンダーといった大きな問題に取り組もうと気負うのではなく、つねに違う人の意見を取り入れる、反対派の声に耳を傾けるというカルチャーを自分の中に持っていると、自分の幅が広がります。それは私も経験として実感したことです。
最後に、働くすべての女性に言いたいのは「自分を過小評価しないで」ということ。とくに日本人女性は自分をディスカウントして評価しがちですが、海外の人は絶対にそんなことをしません。まずは自分の評価を2割上げて、お給料の話になったら2割増で交渉をしてください(笑)。そして若い女性の管理職離れが進んでいるといわれますが、オファーは断らずにぜひ挑戦してほしいですね。日本人女性の能力は計り知れませんから。
幸田:麻里さんのようなリーダーが一人でも多く活躍する世の中になるよう、ジェンダーダイバーシティを進めていきたいですね。
聞いているだけで勇気が湧く、エールのようなお話をありがとうございました。
ファーストリテイリング本社の素晴らしい眺めの会議室で記念撮影。
小木曽さんにはFUMIKODAのデビュー以来、バッグをお使いいただいています。
小木曽麻里(こぎそ・まり)さんプロフィール
東京大学経済学部卒業。タフツ大学フレッチャー校修士。日本長期信用銀行、世界銀行グループ多国間投資保証機関(MIGA)東京事務所長、ダルバーグ東京事務所長を歴任。2016年1月より笹川平和財団国際事業企画部長を経て、ジェンダーイノベーション事業グループ長。2017年に運用総額100億円規模の「アジア女性インパクトファンド」を設定し、アジアにおける女性の機会創出とジェンダー格差是正の取り組みを行う。「Forbes世界で闘う日本の女性55名」(2017年)に選出。2019年よりファーストリテイリング社長室部長。国際協力機構の海外投融資有識者委員なども務める。