親族や会社との身近なもめごと。弁護士よりも先に相談したい「ADR」という解決方法
こんにちは、「一般社団法人家族のためのADR推進協会」代表理事の小泉道子です。
どんなに順風満帆な人でも、必ず一つや二つは抱えているのが日常生活の中のちょっとした「もめごと」。そのもめごとの中でも、なかなか自分の力だけでは解決できないのが「法的なもめごと」です。
例えば、賃貸マンションを退去する際、丁寧に使っていたのに敷金が返還されない、自動車の物損事故で保険会社に連絡したけれど、思っていたほどの保証がなかった、隣人の騒音に困っているなど、身近な生活の中に、法的なもめごとは結構存在しています。
そんな「法的なもめごと」に見舞われたとき、あなたならどうやって解決しますか。弁護士に依頼して裁判所に提訴するでしょうか。もしくは、そんなことにお金を使っていられないし、大げさにはしたくないと考え、当事者同士での解決を目指す人もいるかもしれません。
今回は、訴訟と自己解決の中間に位置する「ADR」という解決方法についてお伝えしたいと思います。
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ADRは「早い・安い・便利」が合言葉
ADRは「Alternative Dispute Resolution」の略で、「問題解決の代替の方法」といった意味合いがあります。いわば、民間の手軽な裁判所です。もめている人たちの間に入り、仲裁をしたり、合意案を提示したりします。
ADRを実施するのは、専門の仲裁機関です。そして、その中でも「認証ADR機関」とよばれる法務大臣の認証を取得した機関であれば、法務省の監督下に運営されていますので、安心して利用することができます。
かく言う私は、離婚や相続といった親族問題を扱う認証ADR機関を運営しているのですが、日々、たくさんの方々の親族問題を仲裁しています。今日は、そんな中でも、もしかしたらみなさんにも関係があるかもしれない「離婚問題」について、Aさんのストーリーをご紹介したいと思います。
かかった費用は弁護士の10分の1。
Aさんのストーリー
大企業に勤めていたAさん。結婚・出産を機に、働き方を見つめなおし、起業することに。
子育てとの両立が大前提でしたので、急成長というわけにはいきませんでしたが、前職のノウハウや人脈を生かし、会社は徐々に軌道にのっていきました。
そんな忙しい日々を駆け抜ける中で、夫婦はすれ違うように。夫は、家事育児を手伝うでもなく、外で活躍する妻をやっかみ、足を引っ張るようなことばかりするのでした。Aさんは、段々と我慢ができなくなり、冷え切った夫婦関係に終止符を打つことを決心しました。
そして、夫に離婚を切り出したところ・・・。
夫は、Aさんに男性がいるのではないかと疑ったり、挙句の果てには、Aさんが心血を注いで育ててきた会社の資産を財産分与の一部として求めてきたりしたのです。Aさんは、夫の理不尽な主張にうんざりすると同時に、夫婦二人だけの話合いに限界を感じました。しかし、一方で、ことを荒げたくないという気持ちもあり、弁護士に依頼して裁判所を利用することにも抵抗がありました。そんなAさんが選択したのがADRという問題解決の方法です。
まず、Aさんは、子どもを連れて家を出ることにしました。そして、その後、ADR機関に仲裁を申し込み、夫との話合いがスタートです。夫としても、平日に会社を休んで裁判所に行くよりも、土日も利用できるADRは都合がよかったのです。
ここで「ADR」の特徴についてご紹介します。
ADRの特徴その1:利便性
ほとんどのADR機関は、平日の夕方以降の時間や休日も話合いが可能です。また、遠方の方であれば、スカイプを使ったりすることも可能です。そもそも、裁判所はいまだにメールのやり取りを受け付けていませんので、不便極まりないのです。
話合いは、Aさん夫婦の同席の場で行われました。調停者と呼ばれる専門家が夫婦の主張を聞きつつ、問題を整理していきます。いつもは、喧嘩になってしまう話題も、第三者が入ることによって冷静に話ができました。
ADRの特徴その2:専門性
離婚の話合いの際、親族や共通の友人に間に入ってもらう人がいますが、全くもってお勧めできません。専門的な知識がない上に、どちらかの味方であり、公平中立性に欠けます。その点、認証ADR機関は、法務省に認められた資格者のみが仲裁にあたりますので、専門性を確保できます。
話を進めていくうちに、夫の表情や発言内容から、寂しさがにじみ出てくるようになりました。結局は、妻へのやっかみから素直になれなかったけれど、妻や子どもが自分から離れていく寂しさに耐えられないのです。その様子を見たAさんは、夫への憎しみが和らぎ、「あなたもできる範囲でがんばってくれていたと思うけど」といったようなねぎらいの言葉が出てくるようになりました。
ADRの特徴その3:同席
よく、「同席で話し合うとけんかにならない?」と質問されることがありますが、仲裁者が同席しますので、意外とそうでもありません。逆に、相手を目の前にすると、誹謗中傷が減り、理性的な発言が増えます。また、相手の表情や発言のニュアンスも正しく伝わります。そのため、誤解やすれ違いによって話合いが混乱するということもありません。
結果として、Aさん夫婦は3か月の間に5回の話合いを持ち、最終合意することができました。一人当たりの利用料は、弁護士に依頼して裁判をした場合の10分の1くらいの費用で済ませることができました。
ADRの特徴その4:早い、安い
裁判所は、1か月に1回程度の間隔で調停を開きます。そのため、解決まで1年近くかかったということも珍しくありません。しかし、ADRでは、当事者の都合に合わせることが可能ですので、早期の解決が可能です。また、費用も弁護士に依頼した場合に比べ、格安です。
Aさんのストーリー、いかがだったでしょうか。
Aさんは、離婚という「法的なもめごと」を抱えていたわけですが、他にも、相続や親の扶養に関する兄弟姉妹の争いなど、様々な親族間のもめごとがあります。
家庭の問題は、法律用語で「家事事件」とよばれますが、民事事件や刑事事件と大きく異なる点があります。それは、もめごとの相手が「親族」だという点です。一度は一生を添い遂げようと思った相手であり、または、切っても切れない血のつながった親子や兄弟姉妹なわけです。そのため、相手を完膚なきまでに打ちのめせば勝ちなのではなく、いかに穏かに解決するかが自身の精神衛生上も大切なのです。
ADRは、利便性や費用の安さが注目されることが多いのですが、実は、一番のメリットは、「むやみに争わない」、「自主的関与による納得の解決が可能」といった点なのです。
様々な場面で活用できるADR
ここで、親族問題以外にも、みなさんのお役に立つかもしれないADRをご紹介したいと思います。
不動産ADR
投資用不動産の賃借人と敷金の返還額でもめたときなどに利用可能です。もちろん、ご自身が賃借人の立場で退去時にもめたときも同様です。
保険ADR
病気や怪我で入院・手術し、保険金を請求したところ、保険金の支払いの有無や金額で保険会社ともめた際に利用可能です。
消費者ADR
自動車を購入してすぐ不具合が見つかり、初期不良だとメーカーに主張したところ、購入者側で修理費を負担してほしいと言われたなど、購入品に関して販売元ともめた際に利用可能です。
労働関係ADR
雇っていた従業員を解雇したところ、不当解雇で訴えられそう、もしくは、逆に、勤めていた会社から不当な扱いをうけたといった場合に利用可能です。
以上、主なADRの種類を挙げましたが、ほとんどの民事事件はADRで解決可能です。
ご興味のある方は、是非、法務省のホームページなどをご覧になってみてください。
http://www.moj.go.jp/KANBOU/ADR/
身近なもめごとを仲裁するときに
押さえておきたいコツ
次にお伝えしたいのが、日常生活の中でも役立つ身近な仲裁術です。みなさん、きっと知らず知らずのうちに、色々と相談をもち掛けられたり、小さなもめごとに巻き込まれたりしているのではないでしょうか。中間管理職の立場の方であれば、上司と部下の間に入ることも少なくないかもしれません。また、女性社会(ママ友とのお付き合いや女性が多い職場など)では、必ずと言っていいほど、何かしらもめごとが起こっています。
そんなときに役立つ仲裁のコツをいくつかお伝えしたいと思います。
①関係者全員を同席させる
ついついやってしまいがちなのが「まずは、双方から個別に事情を聞く」というやり方です。しかし、個別に対応してしまうと、両方から、自分の味方になって、相手と交渉することを求められてしまいます。しかし、仲裁者が解決するのではなく、解決の主体はあくまで当事者双方なのです。同席の場で議論し、行き詰ったら、腕を組んで、「うーん、困りましたね。」と双方を見やり、当事者から解決策が語られるのを待つくらいでいいのです。
②過去より未来を扱う
大体のもめごとは、過去の出来事が原因で起こります。そして、その過去の出来事について、「そんなつもりではなかった」、「いや、そんなことは言ってない(やってない)」ともめることになるのです。しかし、一つの事実でも、違う角度から見れば、2つの異なる事実になります。結局、いくら過去を扱っても、双方の認識が一致することはないのです。
そのため、まずは、双方の不満を吐き出させることは大切ですが、その後は、未来に向けての話合いとして、「今後は〇〇しない」、「これからは〇〇するよう気を付ける」といった方向にもっていきましょう。
③過激な言葉を穏かな言葉で言い換える
話合いがヒートアップすると、ときに過度に否定的な言葉を使う人がいます。例えば、「あの子が仕事をさぼっていると、こっちにとばっちりがくる。それを見ているだけでむしずが走ります。」といった具合です。そんなとき、そう発言した気持ちを無視してしまうと、ずっと同じことを繰り返して主張されます。だからといって、そのまま繰り返すと険悪なムードになります。そのため、「〇〇さんのお仕事があまり進んでいないと△△さんにも影響があるので、そんな様子を見ると不快に感じるということですね」と少し柔らかい表現にして繰り返してあげましょう。
④本当のニーズを引き出す
ここで一つ、ある例をご紹介したいと思います。
AちゃんとBちゃんは、一つしかないオレンジをめぐって喧嘩をしていました。双方、「私はオレンジがほしいの!」と言ってききません。しかし、よくよく話を聞いてみると、Aちゃんはオレンジの実を食べたいと思っていて、Bちゃんはオレンジの皮でマーマレードを作りたいと思っていたのでした。このオレンジの話から分かるのは、真のニーズを把握することが大切だということです。表面的な主張や言い分にとらわれるのではなく、そう主張する背景にはどんなニーズがあるからなのか、そういったことを掘り下げる質問を繰り返すことで、真のニーズが見えてきます。
そのほかにも、「人の話を最後まで聞く」という簡単なルールがとても有効だったりします(大概の言い争いは、相手の発言に被せて話し始めています)。また、座り方ひとつにしても、当事者双方を隣り合わせに座らせ、その対面に調停者が座ることで、当事者の直接対決ではなく、当事者が調停者に話し、それをもう一方の当事者が聞くという構造が作れます。
もめごとを仲裁する役回りになった際は、是非、実践してみてください。
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今の日本では、何か法的なもめごとが起こったときの選択肢があまりありません。ほとんどの人にとって、弁護士に依頼して裁判をするというハードルの高い選択肢と、さもなければ自力で解決するという方法しかありません。
ADRという制度を知っていただくことで、みなさんの生活がより豊かになることを願っています。
小泉 道子(こいずみ みちこ)
一般社団法人家族のためのADR推進協会 代表理事
家庭裁判所調査官(国家公務員Ⅰ種総合職)として15年間勤務した後、2018年10月に一般社団法人家族のためのADR推進協会を設立。
現在は、離婚や相続といった親族問題を扱うADR機関を運営。社員が家庭円満になり会社も魅力upできる福利厚生サービスも提供している。