香りを重ね着すれば、深みのある自分を演出できる:石坂将氏 CLUB FUMIKODAレポート
1月29日に、CLUB FUMIKODA特別イベント「ビジネスキャリアのためのフレグランスとの上手なつき合い方講座」が開催されました。講師はフレグランスメーカー「セントネーションズ」の代表で、フレグランスプロデューサーの石坂将さんです。司会進行は幸田フミが担当しました。
石坂さんは、2012年にセントネーションズを立ち上げ、オリジナルブランドの「レイヤードフレグランス」の開発・販売や、数多くの著名人・スポーツ選手のオリジナルフレグランスのプロデュースを手掛けています。今回はシチュエーションに合わせたフレグランスの使い方や、香りを通したコミュニケーションの仕方をレクチャーしていただきました。
香りの種類の基本は10パターン
――まず基本的な香水の知識として、フレグランスの種類についてお伺いしたいです。例えばボディミストは、香水の種類の中でどれになるのでしょうか?
石坂:オードパルファム、オーデコロン、オードトワレという呼び方は、香水の濃度によって変わります。一番濃いものがパルファムで、次にオードパルファム。オードというのは、英語にすると「water of」という意味合いになります。なので、パルファムより少し軽いということですね。次にオードトワレで、次にオーデコロンという順番になります。ボディミストやボディスプレーと呼ばれるものは、基本的にオーデコロン、もしくはそれよりも軽めのタッチで作られているものが多いです。
――香りの種類はどのようなものがあるのでしょう?
石坂:世の中に新しい概念が出てくると、香りの世界も新しいジャンルができ上がっていきます。代表的な香りの系統は、シトラス、フローラル、フルーティ、グリーン、オリエンタル、ウッディ、スパイシー、マリン、フゼア、シプレーの10パターン。それ以外だと、比較的新しいグルマンと呼ばれるカテゴリーもあります。グルマンはグルメという意味で、おいしそうだと人が思う要素をインスピレーションのもととして香りを広げていったジャンルです。
グルマン系のトレンドがスタートしたのは、2008年にプラダからキャンディという香水が出たのがきっかけでした。その名前の通り、お菓子のように濃厚な香りです。それが世界的にヒットする中で、各社がグルマン系の香水を出すようになって商品が増えています。
初めてフレグランスを使ったのは、幼稚園の時
――石坂さんは、どのようなきっかけでフレグランスに興味を持たれたのでしょうか?
石坂:初めてフレグランスを使ったのは、5歳か6歳の時です。もともと父親も母親もフレグランスをよく使う家庭環境でした。僕が使うようになったのは、幼稚園の年長の時のこと、その年に兄がイギリスの中学校に留学したんです。仲が良い兄だったので、かなり寂しかったんですけど、最初の夏休みで日本に帰ってきた時に、ポーチュガルというドイツのブランドのフレグランスをお土産にもらったんです。兄は、また秋になればイギリスに戻ってしまうので、僕にとってそのフレグランスは、兄とのつながりを感じるアイテムでした。
それから、僕が通っている小学校は始業式と終業式の日には、ループタイをして襟付きの服を着る決まりがあったので、その日はその服装をした上で香水をつけていたんです。ですから幼い頃に、そういったスタイルが自然とでき上がりました。ですから、今振り返ると、結果的には入るべくしてこの業界に入って、今のこの仕事を職にしているという感覚がすごくあります。
――石坂さんは、たくさんの著名人の香りをプロデュースしていらっしゃいますよね。倖田來未さんやサッカー選手の本田圭佑さん。他にどのような方がいらっしゃいますか?
石坂:会社員時代に作ったものもふくめると、元プロ野球選手の新庄さんや雑誌『LEON』でモデルをされているジローラモさん。自分の会社を作ってからは、倖田來未さん、本田圭佑さん、サッカー選手の柿谷曜一朗さん、モデルの藤井リナさん、今はラブリさんというタレントの方と香水を作っています。
――それぞれの方の個性からインスピレーションを得て香水をプロデュースされるのでしょうか?
石坂:そうです。誰かと一緒にフレグランスを作る場合、最初の一つはその人が好きな香りを作るので、好きなものをヒアリングして、それに近い香りを僕のほうで調合します。ところが、2つ目、3つ目、4つ目を出して行くと、本人からそれ以上の情報が出てこないので、僕から提案していきます。会話をしていく中で得た情報から推測して「こういうものも好きなんじゃないですか?」と誘っていくことが重要になります。
――倖田來未さんのフレグランス「LOVEシリーズ」がヒットしたと聞いているんですが、業界的にはどういうポジションだったんですか?
石坂:フレグランスマーケットでは、初年度で2万本程度出荷すると、まずは平均点というところなんですが、2012年の年末に倖田さんが商品を出したところ、約10万本程度売れたので、当時はなかなかのヒットという扱いをしてもらいました。
ただ、本田圭佑さんの香水は100万本くらい売れたんです。ちょうど彼の商品を発売する前日にサッカーのワールドカップで、日本対オーストラリアの試合があったんですけど、そこで本田さんがPKを決めたことで本大会への出場が決まるという出来事がありました。その翌日が香水の発売日だったんです。
そういったいろんな方との出会いもありながら、僕の考えた商品を作っていきたいという気持ちがどんどん大きくなっていきました。そういうこともあり、今はレイヤードフレグランスというシリーズで自分のブランドも展開しています。
日本人にとって大切なのは、清潔感とさりげなさ
――石坂さんのブランド、レイヤードフレグランスには、どんな特徴がありますか?
石坂:皆さんが百貨店など手に取ったりするフレグランスのほとんどは輸入品です。それらの香りは日本人向けに作られているわけではないので、日本のお客さまの嗜好に合うかどうかは分かりません。日本人の嗜好にマッチするインポートの香水は、全体の1割か2割くらいで、それ以外は香りが強すぎると感じられがちです。でも、僕が重要だなと思っているのは、まず香りを生活に取り入れていくこと。香りを使うことが習慣になっていくと、違うものも手に取っていきやすくなります。なので、僕のブランドの商品は、まだあまり香水を使っていない方や、今までの香水に飽きてしまっている方向けに作っています。
このシリーズで僕が一番こだわっている点は、フレッシュで使いやすい、さりげない香りであること。このさりげなさというのは、日本の美徳としてすごく重要な要素です。日本ではあからさまではないけれども、さりげなくいい香りがするのが好まれます。もう一つ日本で特徴的なのは、全体的に清潔感を感じさせる香りが多いこと。僕もいろいろな国を旅してきましたが、日本はすごく清潔さを重要視する社会だと思うんです。ですから、レイヤードフレグランスでは、シリーズを通してパブリックスペースで清潔感を相手の方に伝えていく香りを提案しています。
――自分が好きな香りを選ぶのはもちろんですが、他の方がその匂いに触れたときに違和感がないか、そのシーンに合っているかということは大事ですよね。
石坂:すごく大事だと思います。香りをこういったお部屋に置いていくと、どういった香りがその空間に合うのか、もしくは、香水をつけるかつけないかという判断ですね。例えばよく聞かれるのが、「お寿司屋さんに行くときに香水をどうしたらいいでしょうか?」という質問です。僕の回答としては、「つけないほうがいいと思いますよ」と。持ち歩けるものがあるなら、お寿司屋さんから出てからつける。つまり、周りの方への気配りの一環として自分を香らせていくのが大切だということです。
以前、仕事でお会いした男性が、シャネルのエゴイストプラチナムをつけていたことがありました。これは昔流行った香りで、いわゆる夜遊び風な香りです。その方はそれを好きで使っているんですが、日中の打ち合わせでお会いした時に「この人、すごいエゴプラの匂いがするな…」というのは、僕としてはちょっと場をわきまえない人だなという見え方になるんです。やっぱりここは、もうちょっと軽い、フレッシュな香りのほうがいいんじゃないかなと。夜はもちろんいいと思うんですけど。そういった場に応じて使い分けていくというのが重要だと思います。
あと、最近は使っている人が減りましたが、以前にクロエの大ヒットした香りがあって、数年前までは、その香りをつけている方が街中にすごくたくさんいました。明確な意図を持ってつけている分にはいいと思うんですけど、なんとなくつけてしまうと、自分のキャラクターや個性を埋もれさせてしまいます。
――ただ流行りの香りをさせている人という印象を与えてしまうんですね?
石坂:ええ、そうなると逆に安っぽい印象を与えてしまいますし、周りの意見に流されやすい自分を、その香りを通して表現してしまっているとも取られかねない。男性も女性も、そういったことを見る人は見ています。なので、自分がどういった方に、きちんと認識されたいかということと、選ぶ香りは結びついてくるということです。
――私は気に入った香水があって、長年それを使っていますが、それはどうなのでしょう?
石坂:香りって自分を演出するものですが、自分の心に直感的な活力を与えてくれるという面もあるので、気に入った香りがあればそれを使い続けるのはいいと思います。ただ、同じ香りだけを使い続けてしまうと、新しい価値観に触れる可能性を削いでいってしまう場合もあります。それに、好きな香りは大切にしていきながら、気分やシチュエーションによって、他のものも取り入れていくと、自分の好きな香りも飽きずに使えるはずです。ずっと同じだと、自分にとってその香りがルーティンになってしまって、新鮮味を感じなくなっていってしまいますから。
香りをレイヤードして、多面性を演出する
――フレグランスは、どこにつけるのがいいのでしょう? よく手首につけるのが良いと言われますが。
石坂:僕がよくお伝えする使い方は、少し香りのインパクトの強いものを、両脇腹から胸元にかけて体に直接つけるというやり方です。洋服をその上から着れば、いい具合に自分の服の中で香りがこもり、人が近づいたときにこぼれ香ってくるような、やわらかい香り立ちになるんです。僕はそれがすごく色っぽいと思っています。ですから、まず濃厚なものはなるべく体につけていく。
そして清潔感を感じる軽い香りは服など外につけます。寒い季節だったら、コートやマフラーを着けた外側に染み込ませておくと、清潔感のある印象が第一印象としてお相手の方に伝わります。例えばコートを脱いだときにふわっとそれが香ることで相手に印象づけることができます。そして、それ以上関係が深くなることのない相手に与える印象は、そこ止まりでいいと思います。
でも実は清潔感だけでは、人をとりこにすることはできません。第一印象として相手に印象づける清潔感の先に、少し違う印象があったほうが相手に与える印象に深みが出ます。それを香りで追及してのなら、第一印象は爽やかに、近づいたときに色気が香り立ってくるのがいいと思います。
――先ほどのエゴイストの話ではないですが、フレグランスの使い方で気を付けたほうがいいことはありますか?
石坂:ビジネスの場やパブリックなところでは、セクシーな香りよりも、清潔感をそっとその場に置いてくる香りのほうが、社会からの反発を招きづらいので、まずそこに気を付けるといいと思います。もう一つは、相手に合わせること。例えば一緒にお出かけする相手の方の好きな香りが、何なのかを考えていく。直接どういう香りが好きかを聞くこともありますが、相手の背景から好きな香りを想像することで、ちょっと違う視点で自分の周りにいる方たちを観察することにつながります。その積み重ねで新しいコミュニケーションが始まっていったりするので、相手の人を気遣いながら使っていくのはすごく重要だと思います。
その人がなぜその香りを好きなのかは、必ず理由があるものです。例えば僕の場合は、初めて兄からもらった香りがシトラス系の香りでした。それは僕にとってのルーツなので、今でも僕はシトラス系の香りが好きなんです。シトラス系は、日本的な嗜好をお持ちの方の多くが好んでくれる香りでもあります。ただ、海外ではそんなに人気が出ません。日本の香りの嗜好は世界的にもユニークなトレンドがあります。日本ではフレッシュな香りが売れるんですね。例えばクロエのあの大ヒットした商品なんかは、海外では日本ほど売れていません。
――ガラパゴスがフレグランスの世界にも存在しているんですね。
石坂:僕はこのガラパゴスがすごく面白いなと思っています。例えば、韓国人はスパイシーな香りやウッディな香りが好きで、日本人とはまったく香りの嗜好が違うんです。香りの嗜好は、食文化の嗜好と深い結びつきを持っています。ですから、相手が好む食事を見ていくと、「たぶんこういう香りが好きなんじゃないかな」という予測が立てられるんです。例えば舌の中や口の中に残っていく感覚に特徴がある食事を好きな方は、香りも濃厚なものを好む傾向がすごく強いですし、どちらかというと鼻に抜けていく軽やかなものを好きな方は、そういった軽い香りが好きだったりします。
個人の好みもですが、季節と香りの相性もあります。気温が上がっていくと、人は軽やかな香りをより求める。ウッディな香りは夏だと敬遠されがちなんですが、寒い季節には温かみのある、いい香りだと思われやすいです。人がどういう香りを求めるかは、その人のフィーリングや、置かれている環境にかなり左右されます。
――お話を伺って、明日からこのように香りを取り入れて行こうというのが見えてきました。本日はありがとうございました。
石坂:ありがとうございました。
石坂将さんプロフィール
フレグランス・プロデューサー /株式会社セントネーションズ 代表
1982年生まれ。学習院大学卒業後、英国Lancaster 大学 大学院にて修士課程を終了。帰国後、フレグランス業界に従事し、2010 年にはプロデュース商品が日本フレグランス大賞を受賞。2012 年1月にフレグランスメーカー・セントネーションズを立ち上げ以降、オリジナルブランド「レイヤードフレグランス」の企画・開発の他、独自のネットワークの強みを生かし、あらゆるコンテンツとフレグランスを掛け合わせ、数多くの著名人やスポーツ選手、ブランドとのプロデュース商品を手がける。現在も多くのプロジェクト立案を進行中。