「何があっても逃げない」ホッピービバレッジ株式会社・代表取締役社長 石渡美奈:FUMIKODA WOMANインタビュー vol.06

FUMIKODA WOMAN

「FUMIKODA WOMANインタビュー」では、さまざまな仕事の現場で活躍する女性たちへのインタビューを通し、仕事への取り組み方から、生き方やライフスタイルまでをお伺いします。今回は、ホッピービバレッジ株式会社 代表取締役社長の石渡美奈さんにお話を伺いました。聞き手はFUMIKODAのクリエイティブディレクター幸田フミです。

乗り越えることの大切さを学んだ大学時代の経験が、人生の基盤に 

幸田:ミーナさん(石渡さんの愛称)といえば、おじいさまが開発なさった「ホッピー」の人気を再燃させた立役者ですよね。2002年取締役に就任されてから8年で年商約5倍を果たされたすごい方です。FUMIKODA主催のチャリティーオークションやトークショーにもお力添えくださり光栄です。 

石渡:いえいえ、とんでもないです。立役者というより“お騒がせなやんちゃ娘”ですけどね(笑)。

幸田:大学卒業後、企業での経験を経て、家業を継ごうと決心したのは27歳のときだそうですね。これまでに失敗や挫折といった壁にぶちあたったことはありますでしょうか。 

石渡:失敗は数えきれないほどしてきています。ホッピーに入社してからは工場長との確執や社員による反乱とか、いろいろです。人生で初めて挫折したのは小学2年生のときですね。幼稚園受験で落ちて、小学受験で落ちて。その頃まではまだ物心もつかず親に言われるがまま一途に同じ学校を受験し続けていましたが、小学2年の編入試験で補欠になったんです。その時に初めて「絶対この学校に行きたい」という気持ちが芽生えました。ところが、誰もが繰り上げ合格すると信じていたのに、見事に落ちちゃったんです(笑)。号泣してじだんだ踏んで……。初めて本気で味わった悔しさでしたね。

幸田:それでも中学受験でリベンジして、長年の夢を叶えましたよね。田園調布雙葉中学校・高等学校を経て、立教大学文学部に進まれます。

石渡:高校時代はバンドを組んだり本を作ったりボランティアをしたりして女子校ワールドをとことん謳歌しましたね。そのまま大学生活を楽しめればよかったんですが……。はじめての共学だしワクワクしたのもつかの間、先輩がいるからという理由だけで入ったスキー部がすごく厳しかったんです。冬は雪山にこもって東京にはほとんどいられない。夏は雪もないのに山をひたすら走る。合宿では1年生は「起床!」って言われた瞬間に廊下に出ないといけないので、スキーウエアを着て寝るんですよ。

幸田:消防士みたいですね(笑)

石渡:本当に消防士みたいでしょ。あるとき、サークルのトレーニングでキャンパスがある池袋から隣の目白駅までランニングをしたところ目白の交差点で当時流行っていた“聖子ちゃんカット”をしたかわいい、いかにもザ・女子大生を見かけてよく見たら高校の同級生だったんです。一か月前まで同じ制服を着ていたのに、片や、私はドロドロのジャージを着て「立教ファイファイ!」って叫びながら走ってる(笑)。これでいいのかなって思ったこともありました。

幸田:それでも続けたんですね。

石渡:100万回ぐらい脱走を試みたんですけど、ありがたいことに先輩や同期が引き留めてくれて、親にも「やり抜け」と説得されて、なんとかスキー検定2級に合格したところで私の青春は終わりました。クラブ在籍中、厳しさから逃げて一所懸命になれなかった私は、卒業後、後ろめたさからみんなと距離を置いた時期があったんです。その後ろめたさが自分でもイヤでした。だからホッピーに入社するときに「何があっても絶対に逃げない」って決めたんです。

幸田:学生時代の経験が、今に生きているということですね。

石渡:逃げたことをあとで後悔するほうがよっぽどつらいですから。私がホッピーで仕事を始めたころからOB会にも参加させてもらうようになり、今ではホッピーがサークルの公式飲料になっています(笑)。あのとき退部していたら、いやなことがあったらすぐに逃げてしまう人生になっていたかもしれません。歯を食いしばって乗り越えることの大切さを学んだ、初めての経験でしたね。 

 

35~36歳の頃、ふっとラクになったと感じる瞬間があった

幸田:ミーナさんのバイタリティは、大変な経験に裏付けされたものだったのですね。影響を受けた人や、つらいときに支えとなる人はいらっしゃいますか?

石渡:まず両親の支えは大きかったですね。我ながらどったんばったんした人生で、感情が先に立ってしまって人とぶつかることも多く、若気の至りで思い返すと恥ずかしいです。でも35~36歳の頃、ふっとラクになったと感じる瞬間がありました。何が起こっても物事をメタポジションで捉えて落ち着いて受け入れられるようになったというか……。自分の理解が本質からあまりずれていないなと感じられたのが、そのぐらいの年齢でしたね。

それから、恩師の支えも励みになりました。自分から志願してホッピーに入れてもらったのに、親とケンカをして家を飛び出して高校時代の恩師に泣きついたんです。返ってきた言葉は「何を言っているの。先輩の野田聖子さんをごらんなさい。あなたもあのぐらいになりなさい」。ガツンと言われて、扉の向こうに蹴り出されましたよ(笑)。20年ほど前、野田さんが衆議院に当選して政治家としての頭角を現した頃だったと思います。大臣に堂々と質問する姿を見て、いつかお会いしてみたいなあとずっと心に残っていました。

幸田:そして20年越しの思いが叶って初めて野田さんに会ったあと、FUMIKODAのトークショーにゲスト出演してくださったんでしたね。

石渡:そうそう、まさにあの日。野田さんも私のことを知ってくれていたそうで「私もあなたに会いたかったのよ」と言っていただき、感激の極みでした。

 

興味を持ったことはとことん学び続けて、さらなる高みを目指したい

幸田:経営を学ぶために、師匠と仰ぐ方のかばん持ちまでしたそうですね。何かを学び取りたいという原動力はどこから湧くのでしょうか。

石渡:貪欲というか学びのゾンビというか、ハマったら骨までしゃぶらせてくださいっていう感じ。とことんやらないと気が済まないタイプなんです。もともと収集癖もあって、実は万年筆に至っては数百本持っていますが、ペン先を見るだけでかつてはメーカーを完璧に言い当てられたほどでした。ホッピーを継ごうと決めたときは、代々芸を継ぐ歌舞伎役者に自分の姿が重なり、入社前の一年間、地方の劇場も含めて上演されたすべての歌舞伎を観ました。学びも同じで、誰かを越えようというよりは自分なりの高みを目指すために、とことん突き詰めたくなるんですよね。

幸田:でもオーナー企業の経営者は、そういうタイプが多いのかもしれませんね。

石渡:私が兄のように慕っている方が言うには、「オーナー社長は興味を持ったことはとことん突き詰めるけど、それでいい。そのパワーが会社を成長させる」とのこと。「私のこと?」って聞いたらまだ甘いって言われましてね(笑)。じゃあもっと突き詰めていいんだ、もっと変態でいいんだって結論に達したわけですよ。

幸田:じゃあ私も変態で生かせてもらいます(笑)。

石渡:フミさんはじゅうぶん変態だと思いますよ。もっと貫いていいんじゃないでしょうか。変態社長の秘書は大変だと思いますが(と、取材に立ちあったそれぞれの秘書のほうを向きながら)。

自分のコンディションはもちろん、社員の心身の健康もマネジメントのうち

幸田:変態とはストイックとも言い換えられると思いますが、ミーナさんはホッピーの持ち味でもある「ビール酵母」にアレルギーが出てしまったと聞きました。ストイックな営業活動が裏目に出てしまったのでしょうか。 

石渡:要は栄養失調ですね。もともと食は細いほうなんですが、朝昼は身体にいいと思ってヨーグルトとチーズを食べ、夜は「液体のパンだ」と言ってホッピーを飲みまくる。全体のバランスを考えないで摂り続けた乳製品と小麦とビール酵母にアレルギーが出てしまいました。医師には「よくこんなんで生きていたわね、あなた気合いで生きているのね」って言われてしまったほど。

幸田:はい、私たちは気合いでいきていけるタイプですね。

石渡:自分にアレルギーがあることがわかってから、あらためて食の大切さを痛感しています。自分のコンディションだけでなく、社員の心と身体のためにも、食事の指導や健康診断、カウンセリングなどもマネジメントの一環として積極的に進めていきたいと思っているんです。

幸田:ホッピー200周年までがんばるんですものね。

石渡:そうそう(笑)。200周年ということは、あと90年ちょっとは元気でいなくちゃいけませんね。FUMIKODAも創立100年を目指すとしたらあと98年あるんだから、フミさんも食事に気をつけてメディカルチェックも受けてくださいね。

自分が心地よく、最高のパフォーマンスを発揮できるための服や小物を選びたい

幸田:ミーナさんはいつもどのようにして仕事のモチベーションをアップさせているのでしょうか。

石渡:気持ちが上がるのはメイクのプロセスを重ねるときですね。仕事の内容にあわせて、どの戦場でどう戦うかをイメージしながら口紅の色を決めたりします。最後にドレッサーを整えて、アクセサリーをつけたら「よっしゃ」って感じですね。

幸田:そういえば、FUMIKODAのショールームでバッグをごらんいただいたときも「このバッグなら戦える」っておっしゃっていましたよね(笑)。

石渡:私にとって、仕事の日の服はやはり「戦闘服」だし、バッグやペンなどの小物は「武器」に値します。もちろん、相手を負かそうというのではなくて、自分が気分よくいられて最高のパフォーマンスを発揮できるための戦闘服であり武器となるものを選ぶことが大切だと考えます。今日は休戦モードだなって日はノーメイクで服もシンプルなものを選ぶことも。前線に行かずに本丸で作戦を練るときは、そのほうが感度が上がることもあります。

幸田:ミーナさんらしい前向きな言葉をたくさんいただきました。最後に、ミーナさんにとって仕事とは。

石渡:人生の一部、いえ人生そのものですね。だからオンとオフの切り替え法を聞かれるのが一番困ってしまいます。身体を休めるために眠るけど、その間もきっと頭は仕事のことを考えているのではないでしょうか。興味を持ったものには情熱を注ぐタイプですけど、ある程度学んだらパッと興味がなくなってしまう。でも仕事だけは突き詰めれば突き詰めるほどおもしろい。仕事への興味の限界を見てみたいなと思いますね。もちろん大変なこともありますが、何があっても逃げないと決めていますから。 

 

石渡美奈さんプロフィール

1968年、東京都生まれ。立教大学を卒業後、企業勤務を経て1997年に祖父が創業したホッピービバレッジ株式会社に入社。広報、副社長を経て2010年、代表取締役社長に就任。社長業のかたわら、早稲田大学ビジネススクールMBAコース(経営学修士)を修了。著書に『ホッピーの教科書』(日経BP社)などがある。

https://www.hoppy-happy.com/


  • 2019.03.14

  • JOURNEY to FUMIKODA WORLD

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