貧困や虐待に置かれた子どもたちが本当に必要としているものは何か?:松尾知枝インタビュー

キャビンアテンダントからタレントに転身し、現在はご自身の会社を経営している松尾知枝さん。今でこそ華やかな彼女の生い立ちは、決して平坦なものではありませんでした。幼い頃は実家が貧しく、毎日の食事や着るものにも事欠く状態でした。小学校5年生のある日、親からの暴力に耐えかねて実家から逃げ出した彼女は、近所の方に保護をされて児童養護施設で生活するようになりました。

しかし、児童養護施設に入った後にも苦難は続きます。さまざまな心の傷を持った子どもたちが集まる施設では人間関係もぎくしゃくしがちでした。そんな境遇でしたが、松尾さんは非行にも走ることもなく勉学に打ち込み、施設出身者の大学進学率が10%と言われるなか、大学へ進学して現在のキャリアを築いたのでした。経済的にも精神的にも苦難の連続で常に孤独がつきまとう生い立ちでしたが、そんな彼女を支えたのは施設のシスターの励ましとブラスバンド部でのコルネットの練習、そして日記を書く習慣だったと言います。

昨今、子どもの貧困が社会的な問題としてさまざまなメディアでクローズアップされています。児童養護施設で生活をする子どもたちにとって、本当に必要な支援とはどのようなものなのでしょうか? 松尾さんにお伺いしました。

孤独感がもたらす負のループ

――ご著書『マイル 極貧からCAへ芸能界へ、階段をのぼる私』を拝読しました。子どもの頃からあのように過酷な状況に置かれていたら、大人になるまでに気持ちが折れてしまったり、誘惑に負けて非行に走っても不思議ではないと感じました。

松尾知枝(以下松尾):児童養護施設に来る子どもたちは、貧困や親の虐待といったバックグラウンドがあるので、自己肯定感が低く気持ちが荒んでしまいがちです。だからということもあるのですが、本当はやりたくないのに、悪い誘いを断ることで養護施設や学校のコミュニティの中で居場所を失うのが怖くて、万引きなど悪いことを始めてしまう子どもたちは多いと思います。

――でも、松尾さんはそれに負けずにいらっしゃいました。それは、養護施設で働くシスターに励ましていただいたりといった、周囲の大人による精神的な支援が大きかったからでしょうか?

松尾:そうですね、シスターが本気で怒ってくれたり向き合ってくれたのが私の中でブレーキになっていました。でも児童養護施設の子どもたちによくあるのが、「諦め上手」になってしまうことです。私の場合は、諦めたけれど、「それなら他にできることは何かな」と別の方向に発想を向けることができましたが、多くの子は「望んでも無駄だから…」と、希望自体を持つのをやめてしまって、その結果、非行に走ってしまう場合もあります。なかには施設を出てから薬物に手を染めて抜けられなくなり、そのまま中毒死という形で亡くなってしまう子や、自殺してしまった子もいます。

――一度薬物と縁を持ってしまうと、自分から離れようとがんばってみても、結局戻ってしまうケースが多いと聞きます。

松尾:多いですね。人って寂しくなった時に薬物とか色々なものに手を出してしまいますから。ですから、何かあった時に相談に乗ってくれるような、継続的に信頼関係を築ける人間関係が必要で、それがない限りは同じ過ちを繰り返してしまいがちなのだと思います。

――お金などの物理的な支援ももちろん必要ですが、それ以上に安心感や自己肯定感を持てる環境が子どもたちに必要だということですね?

松尾:まさにそうです。私の場合もそうでしたが、貧困が虐待につながるケースが多いので。子どもたちへの支援と言うと、お金の支援がクローズアップされがちですが、実はそれだけでは不十分なんです。というのも、施設に来る子どもたちの多くが、家族間の問題による愛着障害を持っています。でも、特に大型の養護施設だと、養育する職員がどんどん入れ変わってしまうので。せっかく信頼できる大人と出会っても、またすぐにいなくなってしまう。安定した環境での愛着形成できないので、自己肯定感がすごい低くなってしまうのだと思います。

さらに通常なら親との間で交わされるはずの健全なコミュニケーションの経験を持たない場合もあるので、基本的なコミュニケーション能力が培われていないことも多い。たとえば人に弱みを見せるとか甘えるとか、適切な距離感を持って人と付き合うことや、自己表現の仕方がわからないまま大人になってしまうことがあります。つまり自己肯定感の低さとコミュニケーション能力の低さがハンディキャップになって、施設を出た後も仕事に就いたり、その仕事を続けることを難しくしているんです。

例えば会社に遅刻をするとします。もちろん遅刻はしないに越したことはないんですけれども、するとなった場合は理由を事前に上司に伝えると思うんです。「今日はちょっと具合が悪いので、午前中はお休みを頂きます。申し訳ございません」とか。でも彼らには、それをするのが常識だという感覚自体を理解できないので、何でもない顔で遅れて出社をして怒られる。怒られると、どういうふうに対処していいか分からないので、キレたりむくれたり、逃げてそのまま来なくなってしまったりします。本来ならば家庭の中で、悪いことをしたら親から怒られて謝るという、誰もが知っているコミュニケーションをしてこなかったので、仕事も上手くいかなくなってしまいます。

――感情の制御がうまくできなくて、すごく過剰な反応をしてしまうケースもありそうですね。

松尾:それもあると思います。特に虐待が原因で入所してくる子どもたちは、ちょっと肩にポンポンと触れただけで「うわっ!」て、すごく驚くんです。彼らにとっては暴力がコミュニケーション手段のデフォルトでしたから、触られることは暴力を受けることだと反射的に思ってしまう。愛情を求めながらも基本的に人を信じられないので、コミュニケーションのグラデーションを作ることができません。素直に自分の状況を伝えたり甘えることができなくて、いきなり怒ったり泣いたりしてしまう。それとは逆に過剰に人に依存することもあります。適切な人との距離感、距離の縮め方、離れ方が分からないので、「この人は私のこと分かってくれる人だ」と思うと、一気に依存して、もたれかかるような人付き合いをしてしまう。そうすると相手からだんだん煙たがられてしまうので、長期的な人間関係を築けなくなります。

コミュニケーションハンディキャップが女性にとっても壁となる

――ご自身の経験や周囲の方を見て、女性であるがために立ち直りが難しいと感じる場面はありましたか?

松尾:女性だとあるのは援助交際に走ってしまうことです。あと、先ほどもお話したように、養護施設の子どもたちはコミュニケーション能力が低いという目に見えないハンディキャップが傾向としてあります。それで会社に勤めても上司や同僚とトラブルを起こしてして続かなくなる…となった時に、コミュニケーション能力がなくても勤められる仕事といえば、水商売や風俗、AVへの出演といった性的産業になりがちなんです。

あと、若い女性が性的産業に行くケースが増えるもうひとつの理由は、そこがセーフティーネットになってしまうからです。養護施設出身の人は家を借りるにも、身元引受人や保証人がつけられずに困ることが多いのですが、託児所や寮を用意している性的産業は多いので、結局そこに頼っているうちに抜けられなくなってしまいます。

それから、女性が陥りがちな問題としては、男の人と一対一の人間としてコミュニケーションをしてきた経験が少ないので、簡単に男の人と肉体関係を持って未婚のまま出産をすること。そうすると経済的にも厳しいので、そこで貧困の再生産が起きてしまいます。すべてがそうとは言い切れませんが、出会う相手も定職についていない、アルコールやギャンブルや女遊びへの依存があるなど、色々な問題を抱えている場合が多々あるので、子どもができたのをきっかけに結婚した後も暴力やネグレクトといった家庭内の問題を抱えるケースが多いんです。そして、その子どもも児童養護施設に送られることになったり。

なぜそうなるのかと言うと、彼女たち自身が普通の家庭環境を知らないからです。自分も親から殴られてイライラをぶつけられて育ってきたので、それが家庭の姿として基準になってしまっている。自分は親から辛い思いをさせられてきたから絶対に虐待するような親にはならないと思っていても、感情のコントロールを学んでこなかったので、気が付いたら自分も親と同じことをしてしまう傾向があります。

ここまでお話したことを踏まえると、「チャリティーオークション:Smart Woman Backup Program 〜未来のIt女子を育てよう!」の開催趣旨は、すごくいいと思いました。コミュニケーションが苦手な子どもたち、特に女性が性的に搾取されずに仕事をするには、やっぱり手に職が必要です。プログラミングのスキルがあれば、そんなにコミュニケーションが得意じゃなくても仕事ができます。IT業界は常に人材難ですから、スキルが身につけば仕事も得やすくなりそうです。

life is tech!

Life is Tech!が主催するプログラミングキャンプの女児たちの様子(提供:Life is Tech!

もちろんコミュニケーション能力を高められたらそれが一番いいんですけれど、どうしても時間がかかる部分でもある。それに常に人手不足の児童養護施設では、学校のガラスを割ったり、万引きをしたり、問題のある子どもたちにかかり切りになってしまうので、何も言わないおとなしい子どもを十分にケアできません。

それもあって、IT女子のような具体的なスキルを育成して社会出していくことにはすごく意義を感じます。プログラミングを習って覚えて褒められてというプロセスは、褒められて育った経験のない子どもたちを気持ちの面でも支えてくれるはずです。「できたね、このプログラム。これ君がつくったんだよ」と言われることで、嬉しくなったり自分がそこにいていいと思える。途中で不安になったりもすると思うので、「実際にやってみてどう?」とか、相談に乗ってくれるお兄さんお姉さん的な立場の人がついてくれるといいですね。

――オンラインでのサポートもできそうですよね。学校のチューターみたいな感じで。

松尾:いいですね。ハード面とかはある程度国で整備することができると思いますが、ソフト面の継続的な支援はとても大事だと思うので、そういう場所づくりを民間で支援できるといいと思います。

子どもたちが見る世界を広げてくれるもの

松尾:あともう1つ大事だと思うのは、彼らの知らない広い世界があるということを教える大人たちとの関わりだと思います。養護施設にいる子どもたちは、色々な生き方があるということを教えてくれたり進路相談に乗ってくれる大人が身近にいないまま18歳を迎えてしまいます。そうなると、手っ取り早く稼げるということで、水商売に行く女の子がどうしても増えてしまうし、それが基本だと思い込んでしまう。

私は、たまたま大学時代に成田空港にインターンのような形で2年間働くチャンスを得たので、別の世界があるんだってことを初めて知ることができて、それが客室乗務員を目指すところにつながりました。新しい世界を知ったことで、もうちょっとがんばって目指してみようかなという意欲につながったんです。

子どもたちは、分からないこと自体が分かっていない状態なので、気軽に話せるお兄さんお姉さん的な方との関わりの中で、いろんな職業や働き方があることを聞いて、将来目指す進路ヒントを見つけられるといいんじゃないかなと思います。

――児童養護施設では、自活して日常生活を送るためのスキルを教えてくれる人はいるのでしょうか?

松尾:生活面の指導と言っても多分レベルが違っていて、「人のものは盗っちゃいけません」とか、そういうレベルです。食事を子どもたちが作ることもない。高校時代になってやっとお弁当を自分たちで作るようになりましたけれども。その時に使う食材も、シスターたちに頼んで買ってきてもらった食材なので、何にいくらくらいかかるかも分からないままです。だから自分で生活するようになっても、お金の管理ができない人もいると聞きます。

――そういうこともふくめて、色々な専門性や得意分野を持った団体やボランティアとのシナジーを作っていくことに今後可能性を見いだせるかもしれないと思いました。例えばフィナンシャルプランナーの方が施設に来て、生活をする上で知っておくべき金融や会計の基礎知識をレクチャーをするとか。

松尾:それはいいですね。小学生相手だったら、ゲーム形式のワークショップから入って「実際の社会でもこうなんだよ」という具合にお金のことを学べるとすごくいいと思います。キッザニアのような施設も、子どもたちが色々な職業を疑似体験できるので良さそうです。

ボランティアの方に助けていただいた私自身の経験をお話すると、中学生の時に、アメリカの養護施設の子どもたちと交流して遊ぶプログラムに参加する機会があって、アメリカに行ったんです。そうしたら、全然英語がしゃべれなくて、ずいぶん悔しい経験をしました。だから、それ以降めちゃくちゃ英語を勉強するようになったんです。そうしたら学校の英語の成績も上がりました。そういった海外経験とまでは行かなくても、なかなか施設ではできない体験の機会を得るのは、やはり外部の団体との連携があってこそだと思います。あと、冬に3日間ほどスキーに連れていってもらったこともありました。それだけの時間一緒にいると、ボランティアのお姉さんともすごく仲良くなるので、最後はそのお姉さんと別れたくなくて泣いたことが、今でも思い出に残っています。ふだんの生活では、人とのあたたかいつながりが本当にないだけに、そういう経験が子どもたちを良い方向に変えて行くのだと思います。

――健全なコミュニケーションや交流を経験していくと、良くない人が近づいた時にも直感的に違和感に気がつくことができそうです。例えばそれが、さっきお話しなさっていた、問題のある男性との交際や結婚を避けるといった危機管理にもつながるかもしれません。

松尾:私が大人になってから気がついたのは、自分のいた環境がいかに普通ではない異常な環境だったかということです。それまでは異常な環境が当たり前だったので、おかしいと分かりませんでしたから。ノーマルな対人関係を経験することは、特に女性にとって大事ですよね。変な男の人しか知らないので、たとえば下心だけで男の人が言った言葉をそのまま信じて騙されたりしがちです。まして妊娠なんかしたら、その後の人生やその子どもにも大きな影響が出てしまいますから。

日々のささやかな出来事や気持ちを開示できる場所を

松尾:これは本の中にも書いていますけど、児童養護施設にいると、本音を話せる場があまりないんです。そこに来るということは、何かしらの心の傷を負っている場合がほとんどなんですが、それを安心して吐き出せる場所がない。私の場合は、日記を書く習慣が良い効果をもたらしたと思っています。

心理学の研究でも、トラウマを抱えている人に、毎日日記を書いてもらったら、症状が軽減したことが実証されているので、そういう選択肢もアリかなと思います(※1)。文章という形で自分の考え方や気持ちをアウトプットする作業は、思考を整理して書いて、それを読んで俯瞰するということの繰り返しになりますので、自分のことをどう伝えるかといったコミュニケーションの訓練にもなるんじゃないかと思います。

もちろん日記だけではなく、人と安心してコミュニケーションできる場所づくりも必要だと思います。前に児童養護施設の子どもたちの食事の事情に関する勉強会に行ったことがあるのですが、児童養護施設の子どもたちって自分の親じゃない人と毎日ごはんを食べているわけです。子どもたち同士も別に仲が良くて一緒にいるわけじゃないから、ずっと無言で食べることが多い。その勉強会で伺ったのは、「食事はただ単に栄養をとるだけの場じゃなくて、心を育む場です」というお話でした。だからこそ、家族そろってごはんを食べるのは大事なことなんですが、養護施設の子どもたちはそれを経験すらしていない子もいる。

確かに当時の私も、「今日学校でこんなことがあってね…」という家庭の食卓で話すような他愛のない話を誰かに言おうとは、あまり思いませんでした。「先生忙しそうだし、私の話すことなんか大したことじゃないからいいか…」とか。でも、そういうことをチャットとかで、「聞いて聞いて、お姉さん。今日テストで初めて50点を超えたよ!」と言って「やったじゃん!」とか言ってもらえたら、それだけでも「やった、お姉さんに褒められたから、またがんばろう」って思えるものなんです。そもそも家庭の中の会話って他愛のない話題がほとんどだと思うんです。だからこそ、大事なのだと思います。

――児童養護施設にいる子どもたちへの精神的な支援は、今の時代だからこそできることがありそうです。既存のSNSよりも安全に管理する必要はありますが、そのように何気ないことを共有する場をオンラインに作ったり、色んな団体とのシナジーを作って学びの場を作っていくなど、可能性は色々ありそうです。

松尾:オンラインチャットなどは、可能性がありそうですよね。奨学金などの支援を得て大学に行くことができても、なかには途中で退学してしまう子どもたちもいます。やっぱり物理的な支援だけでは不十分で、それと同じくらい精神的なサポートが重要なのだと思います。

私もそうでしたが、児童養護施設にいる子どもたちは、自分の置かれた環境が普通じゃないとは思いつつも、それに適応することで同時にそこから抜け出すことを諦めてしまいがちです。ですから、色々な人や物事との関わりを作ることで、「もっといろんな道があるんだよ」ということとか「たとえ親に頼れなかったとしても、そこで諦めないで」と言ってくれる存在が身近になることで救われる子どもたちは、たくさんいると思います。

※1:1980年代に生まれた心理療法「筆記開示」について標した本『Expressive Writing: Words That Heal 』によると、筆記開示の実証一件では、誰にも見られない日記やブログなどに感情をはき出す文章を書くことで、認知機能の向上や幸福感の向上などが見られた。

Writer: MIREI TAKAHASHI