ETHICAL LIFE



“Runway for Hope”ファッションの力で難民に希望の灯をともしたい !

「革命が起きたとき、私はまだ10歳だった」――。 1979年のイラン革命、その翌年に勃発したイラン・イラク戦争で難民となり、過酷な少年時代を過ごしたSena Omid Vafaさん。その後、国連UNHCR協会の助けによりカナダに移住し、さまざまな大学で研鑽を積んだ彼は、ビジネスマンとして活躍しながら慈善活動に尽力しています。 2006年に日本へ拠点を移した彼は、ファッション関連イベントを通じて難民や震災孤児の支援を行うNPO「Runway for Hope」を立ち上げました。かつての自分と同じように苦しい立場に置かれた人々に希望を届けるため、ますます多忙な日々を送っています。 そんなSenaさんが毎年実施しているファッションショーとチャリティ・ガラ「Project Runway 2017 Charity Gala ~色とりどりの美しい世界を子供たちへ~」が、9月29日に開催されました。これまでの歩みやチャリティ活動にかける思いについてお話を伺いました。     ――Senaさんは事業家として多忙な日々を送りながら、難民や被災者の支援にも取り組んでいます。その生き方には、イラン革命後にご自身が受けた宗教的迫害、そして難民キャンプでの経験が大きな影響を与えているそうですね。革命が起きるまではどんな幼少時代を過ごしていたのでしょうか。 Sena Omid Vafa(以下Sena):イラン革命が起きるまでは、とても平和で恵まれた日々でした。父は優秀な外交官で、長男の私がまだ1歳にも満たない頃から家族を連れ、世界中のさまざまな国に赴いていました。おかげで私は幼い頃から10カ国以上の国々で生活し、多様な文化に触れながら育つことができました。 ――そんな暮らしに変化が訪れたのはいつ頃だったのでしょうか? Sena:イランで起こった革命が、すべてを変えてしまいました。当時のイランでは、それまで国を治めていたパフレヴィー王朝に反発した人々が、各地で激しい反政府運動を展開していました。そして1979年、ついに国王がエジプトに脱出し、王朝は倒されました。その後、運動の指導者でパリに亡命していたホメイニ師が帰国するとの報を受け、私の父にも帰国命令が下ったのです。 ――当時、Senaさんとご家族はどこで暮らしていたのでしょうか? Sena:父の赴任先のアフガニスタンです。革命時、前政府の命を受けてイラン国外に赴いていた外交官たちは、帰国すれば命はないと考え、次々と亡命していました。そんな中、父は祖国を信じてイランに戻る決断をしたのです。 しかし、帰国した私たちを待っていたのは、自宅軟禁という仕打ちでした。手紙や電話は検閲され、外出も制限される生活です。当時、私はまだ10歳で、何が起きているかはっきりとはわかりませんでしたが、良くないことが起きている実感はありました。 ――幼い子どもまで軟禁状態で監視するとは……。政府はなぜ、Senaさんのご家族にそのような厳しい措置を取ったのでしょうか。 私たちが異教徒だからです。イラン国内では、9割の人々がイスラム教シーア派に属していますが、私たちは少数派のバハイ教徒です。新政府はバハイを宗教と認めず、背教者と見なしてあからさまに差別しました。今でも私たちバハイは、イランにいる限り大学に行くことも許されず、就きたい仕事にも就けません。 一方、農村部ではさらに激しい迫害が行われていました。地方の小さな村に暮らしていた私の叔母たちは、家を焼かれ、貴重品や現金を奪われ、故郷からの脱出を余儀なくされたのです。 ―― Senaさん自身もその後、戦時の混乱によって家族と離れ離れになり、たった一人でパキスタンの難民キャンプで過ごされたと聞きました。 Sena:家族と別れ、一人で国境を目指すことになった時、父が私の目を見てこう言ったのです。「生き延びて、努力して、名を成しなさい」と。「そうすれば、もし二度と会うことが叶わずとも、父さんは地球上のどこかに、おまえの存在を感じることができる。だから頑張って名を成しなさい」と。このときの父の言葉は、今でも胸に刻み込まれています。 ――お父上のSenaさんに対する深い愛情と覚悟が伝わってくる言葉ですね。 Sena:パキスタンへの国境越えは、15歳の私には想像を絶する厳しい道のりでした。6日間、ほとんど飲まず食わずのまま一晩中歩き続けました。でも、どんなに辛く、心が折れそうなときも、この言葉があったからこそ生き延びることができた。私はそう思っています。父のこの言葉は、今でも私の心の支えです。 ――難民キャンプでは、どのような生活が待っていたのでしょうか。 Sena:国境を越えた後、私がたどり着いたのは、パキスタンの山あいに位置する都市ラホール郊外の難民キャンプでした。そこには多数の難民に混じって、私と同じようにイランから逃れてきたバハイたちが2,000人ほど身を寄せ合って暮らしていました。 キャンプでの生活は、過酷を極めていました。冬の寒さは厳しく、食糧は常に不足がちで、水源までは徒歩で数時間もかかるのです。飢えと寒さで病に倒れる者も少なくありませんでした。その一方、たくさんの仲間に恵まれ、多くの支援者に支えられた日々は、とても幸せでもありました。 ――キャンプでの生活は2年ほど続いたそうですね。その後、国連の移民プログラムでカナダから難民認定を受けていますが、移民先にカナダを選んだのはなぜでしょうか? Sena:カナダは自然豊かで治安がよく、教育制度も充実していたからです。当時の私は、父との約束を果たすためには高い教養と学問を身につけなければと思っていました。カナダ東部の都市ハリファックスを初めて訪れたのは、1987年の2月。雪が降るとても寒い日でした。この頃はまだ家族とも音信不通のままでしたし、街にはたった一人の知り合いもおらず、とても心細かったのを覚えています。 ――カナダの大学を卒業後、奨学金を得てアメリカのハーバード大学や日本の京都大学でも学んでいますね。またイギリスのケンブリッジ大学では、難民問題と国際安全保障の分野で博士号も取得しています。尽きせぬ学びの意欲はどこから湧いて来るのでしょう? Sena:やはり父との約束を果たしたい、そして父の背中に追いつきたいという思いがベースにあると思います。父は頼もしく、教養にあふれ、スマートでとてもおしゃれな人でした。いつも高い理想を持ち、政治犯として刑務所に入れられても毅然とした態度を貫く高潔さを持っていました。そして父は、まだ幼い私に哲学書を与え、チェスを教え、人生の価値とは何かを語り続けてくれる、教育熱心な人でもありました。 ――お父上を心から尊敬されているのですね。そんなお父上、そしてご家族と再会できたのはいつでしたか? Sena:母国を逃れてから、じつに14年後です。当初はイランに残った家族と一切の連絡が途絶え、生死さえわからない状態でした。その後、父や家族たちが軟禁を解かれ、オーストラリアに逃れたという噂をバハイの仲間たちから聞き、すぐ現地に飛びました。まだインターネットのない時代に、人づてを頼りに消息をたどり、ついにシドニーにいた家族を探し当てたのです。 それはまさに奇跡のような瞬間でした。もう二度と会えないと思っていた家族と、生きて会うことができたのですから。今でも彼らはシドニーで幸せに暮らしています。父も母も元気で、弟と妹は家族を持ち、新たな命も誕生しています。 ――長い過酷な日々を経て、ようやく平穏で幸せな日常を取り戻したのですね。家族との再会後、何か心境の変化はありましたか? Sena:これまで辛いこと、絶望しそうになったことを何度も経験しました。でも今はこう思えるんです。私の人生に起こったことはすべてギフトである、と。そのギフトによって示された道こそが、私のミッションであり、私が人生をかけて取り組むべき課題なのだと感じています。国連やカナダ政府が私を苦境から救い出し、新たな希望を与えてくれたように、私も同じ立場にいる誰かの助けになりたい。「Runway for Hope」のコンセプトも、そんな強い使命感から生まれました。 ――「Runway for Hope」はどのような人々をサポートしているのでしょうか? Sena:私たちが支援するのは、宗教や貧困を理由に国を追われた国内外の難民たち、そして親を亡くした孤児や自然災害の被災者たちです。 ――「Runway for Hope」はファッション・イベントを中心にチャリティ活動を行なっています。なぜ支援の方法としてファッションを選んだのでしょうか? Sena:ファッションのエンターテイニングでポジティブな力は、多くの人々の心を惹きつけます。ファッションの力を使えば、より多くの人々の意識を難民問題や被災者支援に向けることができる。そして、チャリティの参加者自身も、慈善活動をより楽しむことができます。ランウェイは世界で最も華やかな場所の一つ。だからこそ、世界で最も希望を必要としている人々に、このランウェイから光を届けたいのです。 ――「Runway for Hope」による被災者支援のためのファッションショー「Project Runway 2017」が、今年もまもなく開催されます。2015年から毎年開催されていますが、具体的にはどのようなイベントなのでしょうか。 Sena:国内外で活躍するデザイナーやアーティスト、モデルといった方々をお招きし、ファッションショーやライブショーを行います。イベントのメインとなるのは、チャリティオークションです。毎年、さまざまな協賛企業から出品いただいています。今までに「フランク・ミュラー」からRunway for Hopeのためにオリジナルで作っていただいた時計、「リッツカールトン」「シャングリラ」より特別なラグジュアリー宿泊券、「桂由美」よりパリコレ出展友禅ドレス、「資生堂」ザ・ギンザコスメ、「エトロ」よりコレクション出展バッグ、「ポメリー」や「ピーロート」よりビンテージワインやシャンパン、そして毎年会場となっている「六本木ヒルズクラブ」、など、多くの企業からの温かいご支援をいただいております。 集まった寄付金はすべて、助けを必要としている子どもたちの教育・留学のための東京での教育プログラム、海外留学プログラム、また長期的な奨学金制度などの機会提供のために使われます。過去2年間は東日本大震災に被災した高校生の米オレゴン州への留学費用に使われました。海外での経験を通じて、子どもたちにはグローバルな視野と困難に立ち向かう力、そして明日への希望を見つけてほしいと願い実施いたしました。 ――最後に、Senaさんの「希望」についても教えてください。 Sena:そうですね……。私の希望は、5年後にRunway for Hopeの活動をより大きな価値あるものにし、日本国内のみならず海外の各地で活動を広げていくことです。難しい目標ですが達成する価値があると私は思っています。多くの人に助けられて、今の私がある。だからこそ、もっと社会に恩返しがしたい。 日本や海外でもチャリティガラのみならず、セミナーや講義を通じ、私の経験や知識を多くの方々に伝えていく活動を継続し、この世界を希望の光であふれる場所にするために、私はこれからも全力を尽くすつもりです。   Writer: RISA SHOJI

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サスティナブルな暮らしのために 「電力」もエシカルな視点で選べる時代へ

電力自由化でエシカルな選択が可能に  食べものや着るものと同じように、私たちの生活に欠かすことのできない「電気」。これほど身近で、毎日その恩恵を受けているにもかかわらず、電気がどのように作られ、どのように私たちの元に届くのかについて、私たちが意識することはほとんどありません。 世界中で環境意識が高まるなか、「サスティナブルで環境にやさしい電気を使いたい」と願う人は多いにもかかわらず、日本では長い間、ユーザーが自由に電気を選ぶことができませんでした。なぜなら、一般家庭は地域で決められた電力会社としか契約することができなかったからです。 一方、世界に目を向けてみると、多くの先進国では日本に先駆けて電力自由化が進んでいました。欧州では、英国(1999年)、ドイツ(1998年)、フランス(2007年)などが全面自由化を導入済み。世界最大のエネルギー消費国とされる米国でも1997年から導入が始まり、13の州とワシントンD.C.で全面自由化が実施されています(2016年1月時点)。 電力自由化については国ごとに賛否がありますが、環境に配慮した電気の選択肢が増えたという点では、消費者にとって大きなメリットがあります。 そんななか、2016年4月にようやく日本でも電力の小売全面自由化がスタートしました。これによって従来の電力会社に加え、多くの電気事業者(新電力)が新たに参入。一般家庭でも電気の購入先を複数の電力会社から選ぶことができるようになりました。それはつまり、環境にやさしい自然エネルギーを扱う電力会社を選ぶことで、私たち一人ひとりがサスティナブルな社会に貢献できるようになったことを意味します。 何を基準にどの電力会社を選ぶ? オーガニックやフェアトレードにこだわって野菜や服を選ぶように、電気もエシカルな視点で選ぶことができる、ようやくそんな時代が日本にも訪れたわけですが、そこで直面するのが「どの会社を選べばいいの?」という疑問です。 現在、日本国内で小売電気事業者として登録されているのは、なんと約390社にものぼります。さらに、サービス内容や料金体系はもちろん、どのような電源から電力を調達しているかも、各社ごとに条件が異なります。これでは選択肢が多すぎて、比較検討する気も失せてしまいますね。 そこで、エシカルな電気選びの目安となるのが「電源構成の比率」です。電源構成とは、火力や原子力、太陽光や地熱といったさまざまな電源から、どのぐらいの比率で電力を調達しているかを表す数値です。現状、電力会社に電源構成の比率を表示する義務はありませんが、情報を公開しているところは少なくありません。その中から、より環境負荷の低い「再生可能エネルギー」の比率が高い会社を選ぶことで、私たちも間接的に地球環境に貢献できるというわけです。 再生可能エネルギーとは、「水力(大規模水力を除く)」「風力」「地熱」「バイオマス」「太陽光」の5つを指します。ただし、これらが日本の発電電力量に占める割合はわずか4.7%にすぎません(経産省『エネルギー白書2017』より)。その比率は年々増えてはいますが、発電量はまだまだ十分ではなく、安定供給やコスト面での課題も残っています。そのため、再生可能エネルギーを高比率で提供できる電力会社は、限られているのが現状です。 そこで注目したいのが「FIT電気」です。FIT(Feed-in Tariff)とは、再生可能エネルギーを一定の期間、国が決めた固定価格で電力会社が買い取る制度のことです。このFIT制度を利用して調達した電力は、同じ再生可能エネルギーでも「FIT電気」と表記しなければならない、というルールがあります。つまり、FIT制度の利用の有無によって呼び名が変わるというイメージです(※1)。 エシカルな電気の選び方について少し整理できたところで、ここからは「再生可能エネルギー」と「FIT電気」の電源比率が高い電力会社をいくつかご紹介しましょう。   GREENaでんき(グリーナでんき)   日本初となる「100%再生可能エネルギー」の電力プランを実現した「GREENa」。運営するのは、2003年に長野県で設立されたネクストエナジー・アンド・リソース社です。自然エネルギー(FIT電気)とグリーン電力証書(※2)を活用することで、これまで提供が難しかった100%再生可能エネルギーの電力プラン(GREENa RE100プラン)を実質的に可能に。上記プランの他に、再生可能エネルギーの電源構成比率を50%(2017年計画値)として価格を抑えたリーズナブルなプラン(GREENa スタンダードプラン)も用意している。供給エリアは、東京電力、中部電力、関西電力エリア。   ソフトバンク自然でんき   ソフトバンクグループの小売電気事業者SBパワーが提供する電力サービス。中でも注目は、「年間のFIT電源比率50%以上」と「CO2削減」を目標に掲げる「自然でんき」プランです(2017年度の計画値はFIT電気70%)。基本料金0円でお財布にやさしく、さらにソフトバンクを通じて毎月50円を環境保全団体に寄付することができます。ソフトバンク・ユーザー以外も申し込み可能。供給エリアは、北海道電力、東京電力、関西電力エリア。   みんな電力   「みんな電力」は、東京都世田谷区でエネルギー事業を展開する新電力ベンチャー。電力自由化の際に、世田谷区が東京電力から購入先を「みんな電力」に切り替えたことで、大きな話題になりました。 FIT電気の電源構成比率は60%以上(目標値)で、他社と比べても高い水準です。また「みんな電力」は、電気の生産者と消費者が直接つながる「顔の見える電力」というコンセプトを大切にしています。ユーザーが応援したい発電者を選ぶと、電気料金の一部が「みんな電力」からその発電者に支払われ、活動をサポートできます。このようにエネルギーの生産と消費のあり方を問い直す企業姿勢にも好感が持てますね。供給エリアは、現在のところ東京電力エリア(離島地域を除く)のみとなっています。   ***   今回は特に再生可能エネルギーの電源比率が高いサービスを選んでご紹介しましたが、この他にもさまざまな電力プランがありますので、これを機にぜひ一度、「エシカルな電気選び」について考えてみてはいかがでしょうか。サスティナブルな未来を支えるのは、そんな私たち一人ひとりの小さな意思表示の積み重ねなのですから。   ※1 FITでは、再生可能エネルギー発電所から作られた電気を電力会社がすべて買い上げます。しかし、その買取りに使われる財源は「再エネ発電賦課金」という形で実際は利用者が負担しています。つまり、FIT電気の環境価値について利用者はすでに対価を払っているとも言えるため、電力会社は電気を売る際には環境価値をイメージさせる「再生可能エネルギー」という文言を使った表記ができないそうです。ややこしいですね。 ※2 グリーン電力証書とは、電力が持っている環境価値のみを切り離し、それだけでも取引できるようにした証書です。利用者は、環境にやさしい電気を扱う事業者から電気を買う際、代金に上乗せして「グリーン電力証書」を購入します。その上乗せ分は、最終的に環境にいい電気を作る発電者に助成金として渡る仕組みです。利用者は、証書の購入によって再生可能エネルギーを消費し、普及に貢献したとみなされます。グリーナでんきは、この仕組みを使って実質的な「100%再生可能エネルギー」を実現しています。  

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そのシャンプーはどこから来たの? AVEDAの持続可能な経済活動が私たちにもたらすもの

くせ毛や髪質に悩んでいる人にとって、AVEDAの製品は魅力的です。筆者も子どもの頃からくせ毛に悩まされていましたが、10年ほど前にAVEDAの「ダメージレメディーシリーズ」のシャンプー&コンディショナーを使用したところ、うねる髪の毛はゆるやかなウェーブを描くようになりました。それは、長年のコンプレックスが個性に変わった瞬間でした。AVEDAの魅力は製品の品質だけではありません。同社は創業時から環境問題や先住民族が抱える経済的な課題の解決や文化の保存を、企業活動のエコシステムと連環させることで持続的にサポートしてきました。具体的には製品の原材料となる薬草や木の実などを生産するコミュニティとパートナーシップを構築するという形をとっています。例えば、次のようなエピソードがあります。モロッコ南東部の乾燥地帯に自生するアルガンは、保湿効果を持つアルガンオイルの原材料です。そして現地に在住する先住民であるベルベル人の女性たちは、何百年もの間、アルガンを薬や食材、美容などに利用してきました。しかし、20世紀以降は砂漠化の進行により、アルガンの森の面積は140万ヘクタールから80万ヘクタールに減少。森林密度もヘクタールあたり100本から30本へと落ち込んでしまいます。この課題へのアプローチは、アルガンに経済的な価値を見いだすことから始まりました。あるモロッコの大学教授は、地元の女性たちとともにターガナイン協同組合を設立し、アルガンの実の持続可能な加工や取引を実現する取り組みを開始しました。初期は少数の女性たちからスタートした協同組合でしたが、世界市場に向けてアルガン製品を加工するようになった現在は、6つの協同組合で構成されるネットワークに成長しています。地域の生態系の保全が経済的に正当であることが証明された後、ターガナイン協同組合はモロッコ水・森林省とパートナーシップを組み、アルガンの森を数百ヘクタール再生することに成功しました。AVEDAは自社で使用するアルガンオイルの100%をターガナイン協同組合ネットワークから調達し、作業を効率化させるための加工装置の導入を資金で援助しています。また、この取り組みの意義は、自然環境の保全とともに、先住民であるベルベル人の生活を経済的に支えること、経済的な自立を促すことで現地の女性の地位を向上させることでもありました。ターガナイン協同組合はAVEDAの資金援助による識字プログラムへの参加を義務づけることで、現地の女性の教育水準を向上させようとしています。この他にも先進国の企業が土地の権利を主張したため、先祖代々の生活圏を追われつつあったブラジルの先住民が、彼らの間に伝わってきた伝統的な労働歌を歌いながら森林伐採に抵抗するエピソードもありました。ここではAVEDAが彼らの薬草の知識を薬草の生育圏である森とともに保全し、経済的に支援するだけではなく、彼らの民族的なアイデンティティを書籍やビデオを通して広く伝えることを支援しました。 AVEDAの企業としての持続可能な取り組みの紹介は、消費者である私たちにその製品を選ぶことの正当性を担保するだけではなく、ストーリーを通して、世界中にある多様な文化や人々の歴史、人間の持つ強さを伝えてくれます。多くの消費者にとってAVEDAのシャンプーを使う目的は、美容や快適さが第一にあることに違いはありません。しかし、もうひとつの明確な理由があるのではないでしょうか。それは、消費者としてAVEDAの取り組みに投資あるいは投票すること。YESというメッセージを送り続けることです。AVEDAの製品を買うことは、遠い国の先住民の女性や環境問題に取り組む人々を応援することで、社会とのつながりを感じられるという快感ももたらします。また、すべての製品のパッケージは100%再生PETを使用。さらに製造に必要な電力の100%を風力発電でまかなっています。このような徹底した取り組みと、それを適切に伝える企業ブランディングがもたらす影響は、継続的にAVEDAの製品を使い続けるファンを増やすことに留まりません。なぜなら、消費者としてその企業に投票するという習慣がついたことで、日頃から物を見る目線が変わるからです。たとえば買い物をする際にどれを買うか迷った時には、それがどのような経緯で来たかを調べ、できるだけ消費者としてそれに関与することが気持ち良いと感じられる方を選ぶようになるなど、ブランドのフォロワーたちが自分自身の中にゆるやかなガイドラインを持つことができるのです。Source: AVEDAEditor: MIREI TAKAHASHI

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サスティナブルファッションを実現するステラ・マッカートニーの取り組み

現在レザーは靴、バッグ、小物、アウターウェア、家具などあらゆるところで使われています。耐久性、保温性、デザインの柔軟性など、さまざまな特長を持つレザーは、人類が衣服を身に着けるようになった時代に最初に使われた素材のひとつであると考えられています。 ただ現在、地球環境への意識が高まり、菜食主義を貫く人も増えている中で、動物性の素材を使うファッションに抵抗を感じる人も出てきています。たとえば元ビートルズのポール・マッカートニーの次女ステラ・マッカートニーによるブランド「ステラ・マッカートニー」は、ブランド立ち上げ当初からレザーやファーをまったく使っていません。この理由について、彼女は自身の言葉で次のように説明しています。   "私はベジタリアンとして、イギリスの田舎の有機農場で育ちました。だから私にとってそれは、とても自然なことなのです。でもレザーやファーを使わないという決断の理由は、単に自分が動物を食べないからとか、ファッションのために毎年数百万もの動物が殺されるべきではないからではありません。それは、ファーやレザーと環境の間のつながりを考えているからなのです。そこには強い結びつきがあります。多くの人が、レザーは食肉産業の副産物だから使ってもいいと主張しています。でも畜産は、地球温暖化や土壌劣化、大気・水質汚染、生物多様性の損失といった重大な環境問題の大きな原因のひとつなのです。また数々の皮なめし工場が、米国環境保護庁が緊急に環境浄化を要する工業用地を指定した「スーパーファンド」リストの中で主要な環境汚染源とされています。" そのためステラ・マッカートニーでは、レザーの代わりにポリエステルやポリウレタンを原料とした合成素材を使っていて、可能な限りリサイクル素材も活用していますす。合成皮革というと「安っぽい」「ダサい」イメージがありますが、ステラ・マッカートニーではデザイン性も妥協していません。ブランドの信条に合う素材をどん欲に開発し、見た目からも手触りからも高級感の感じられるアイテムを作り続けています。 P-p-p-popping! Discover an ideal everyday style in the folded alter-nappa #StellaPopper bag in rich, earthy tones in time for Summer. #StellaMcCartney Stella McCartneyさん(@stellamccartney)がシェアした投稿 - 2017 5月 31 4:53午前 PDT 環境損益にもとづき再生カシミアを採用 ステラ・マッカートニーは、製造から流通過程で環境に与える負荷を可視化する環境損益(EP&L)を2013年から導入しています。2013年から2015年にかけて出された環境損益によれば、最も環境負荷が大きいのは原材料の調達だということが明らかになりました。特にカシミアはステラ・マッカートニーで使用されている原材料の0.13%であるにもかかわらず、算出された総環境負荷の25%を占めていました。草原の草を根こそぎ食べてしまうカシミアヤギの習性により、カシミアの生産が環境に与えるインパクトはウールの100倍と言われています。その課題に対応した取り組みが、これまで生産工程で廃棄されてきた素材を使った再生カシミア「Re.Verso™」の採用です。2016年以降はバージンカシミアは一切使わず、カシミア製品は100%再生カシミアで製造しています。商品を製造する素材や製造工程における環境負荷を下げるだけではなく、環境浄化のための活動にも積極的です。InStyleによれば、最近では海洋環境保護活動を行うNPO「Parley for Oceans」とパートナーシップを組み、海から回収されたペットボトルを原料とする素材を服やバッグに利用し始めています。 ファッション業界全体に浸透するエシカルな思想 世界的に環境問題への関心が高まるなか、ステラ・マッカートニーの思想に近い動きも増えています。たとえばハイファッション商品の通販サイト、Net-a-Porterは、今後ファーを使った商品を取り扱わない方針を発表しました。動物愛護団体のThe Humane Societyによれば、すでにカルバン・クラインやラルフ・ローレンといった約300ものブランドでもファーを使わないことを宣言しています。とはいえ、使われるアイテムの多さやデザインの多様性という意味では、ファーとレザーでは比べものになりません。前出のBusiness of Fashionの中で、ステラ・マッカートニー自身も「レザーを使わない」ことが、デザイン上の大きな制約になっていることを認めています。またレザーより薄く強度の低い合成素材は加工が難しく、専門性の高い工場での手作業が必要になることも多いため、天然素材よりコストが高くなることもあるそうです。それでも、今後も継続して技術が開発されることで、よりレザーに近い素材、さらにはレザーより優れた特長を持つ素材が生まれていくことでしょう。そうすれば、より多くの人が倫理観にも美意識にも妥協することなく、ファッションを楽しめるようになっていくはずです。 Source: The Business of Fashion: BoF, InStyle, New York Times, The Humane Society, Stella McCartney

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